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第7話 前世の記憶

 頭痛が収まるのにはそう長く掛からなかった。そして頭痛が収まった段階で、転生する直前の記憶が鮮明に蘇っていた。


 気づけば激しい怒りが、先ほどまで自分の中で渦巻いていた諦念を塗りつぶしていた。


「なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ?」


 思わず声に出してしまい、慌てて口元を抑えながら身をすくめる。

 幸いな事に周囲にイゴールの気配は感じられず、鳥の囀りと風に揺れる木々のさざめきしか聞こえてこない。


 すぐに危機が訪れないことに安堵すると同時に、思考がまた怒りに染まっていく。


 ――何が『今回は運が悪かったと思って諦めて』だ!


 生まれてこの方十七年、必死に生き残ろうと足掻いてきた。仕方がないと先程まで諦めかけていたが……


 ――挙句の果てには『可愛そうだけど来世で頑張って』だと……人の命をなんだと思って……!


 怒りと悲しみがないまぜになり、震える拳を握りしめる。


 ――……だめだ、冷静になれ。状況は変わってない、一旦切り替えろ……


 思考に耽る暇はない。イゴールに見つかる前に逃げる算段をつける必要がある。魔力がある程度回復次第、どう動くのかだけでも早急に決めないと行けないが……


 ――あまり長く休めてないのに……かなり魔力が回復している?


 記憶を取り戻した衝撃で気づけていなかったが、先ほどまで感じていた魔力切れ直前の脱力感や倦怠感を今は一切感じない。


 ――魔力量自体がかなり増えている……?


 今まで感じたことのない魔力の多さに今の今まで気づかなかったのかが不思議でならない。


 ――魔力が体から……溢れている!?


「デミトリィ!!」

「クソ!!」


 周囲が熱を帯びた魔力に包まれていく。その場を離れるために魔力をすべて使い切る勢いで身体強化を発動し走り出そうとした。


「えっ?」


 そのまま、地面を思いっきり踏みぬいた。何が起きたのか理解できないまま、眩い閃光に視界を奪われながら急に訪れた落下特有の浮遊感に困惑する。


 理解が追いつく前に、頭部に強い衝撃を受けて意識を手放した。





――――――――





「ぐっ……」


 頭に鈍い痛みを感じながら、意識が浮上する。ゆっくりと瞼を開いても、暗闇しか見えない。


 ――またこのパターンか……


 転生前に経験した奇妙な体験が頭をよぎったが、今回はちゃんと身体があるのが分かる。身体があることに対する謎の安心を抱きながら、辺りを見回そうとする。


 ――何かに絡まって身体を動かせない?


 身体の背面にへばりついた「何か」に動きを阻害される。暗くて良く分からないが感覚的に仰向けの状態で身体が固定されているようだ。

 仕方がなく、視線だけをぐるっと動かし周囲を確認する。


 完全な暗闇だと思っていたが、ぼんやりと光っている何かがぽつぽつと見える。


 ――一体何があったんだ?


 意識を失う前、視界がイゴールの魔法が放つ凄まじい光に奪われたと同時に唐突な浮遊感が訪れていたが……


 ――逃げるために身体強化全開で走り出した時、穴に落ちたのか……? 間抜けすぎるな……


 九死に一生を得たのは運が良かったのかもしれないが、素直には喜べない。何も見えない地下で身動きが取れない現状は事態が好転したとは言い辛い。


 ――頭の怪我はともかく、落下の衝撃で死ななかったのは身体が動けないぐらい絡みついてる何かのおかげか……?


 とにかく現状を把握したい。自分を拘束する何かを確認しようとするがやはり暗すぎる。


 ――焦っても仕方ない……遠目に光ってるものも見える。時間が経てばある程度目が暗闇に順応してくれかもしれない。


 そう祈りながら頭の痛みを和らげるために自己治癒を開始しようとした時、一抹の不安がよぎる。


 ――俺が死んでないことに、イゴールは気づいてるのか?


 野営地から数キロ離れていたにも関わらず、自分の位置を特定したイゴールの異常な魔力感知能力を思い出す。


 ――あの化け物じみた距離の魔力感知、地上はともかくまさか地下まで……


 穴の底まで追って来ていないだけで、魔力感知で生存を把握されている可能性がある。

 既に感知されていれば手遅れだが、念のため体外に魔力が漏れ出ない様に魔力を制御しながら自己治癒を始めた。





 ――――――――





 自己治癒がひと段落ついた時には目が暗闇に慣れていた。


 幸いなことに、意識を取り戻した時よりも身体の自由が効いている気がする。視線だけでなく首を動かしながら改めて周囲を見渡す。

 先ほど光っているのを確認できていたのは、どうやら苔のようだった。


 創作物の中で定番の洞窟の中に生える光る苔に、ほんの少しだが自分の置かれた状況を忘れてテンションが上がった。

 生憎と近くには苔が生えていなかったので自分の周りの状況は分からずじまいだが、少し離れた位置にある苔とその周辺はぼんやりとしていたが確認できた。


 ――どこまでもついていないみたいだな……


 苔の周辺を縦横無尽に伸びる子供の腕ほどの太さのなにか、そしてその何かに絡まって宙づりにされている人間大の何かを見て高揚した気分は一気に地に落ちた。


 ――蜘蛛の巣……しかもあの糸の太さと引っ掛かってる獲物の大きさから見るにかなり大型の魔獣の類……


 まだ見ぬ巣の主を想像して背筋が凍る。


 ――もう少し危機感を持つべきだった。とにかく巣の主が戻る前にこの場を離れなければ……!


 無理やりにでも糸を身体から剥がすために身体強化を発動した直後異変が起こる。


 ――糸が固まっていく!?


 身体強化を発動した直後、先ほどまでは徐々に動きの制限が緩和されていたのが嘘のように体に巻きついている糸が硬質化した。

 慌てて身体強化を切る。


 ――まさか、魔力を吸って固まるのか!?


 頭の中に恐ろしい想像が浮かぶ。


 人を遥かに凌駕する大きさの巨大な蜘蛛。

 蜘蛛の吐く糸に絡まってしまったら最後。

 魔法を放とうとしたり身体強化を発動すれば瞬く間に糸が硬質化してしまい身体の自由を失い、その後待つのは……


 一刻も早くここから抜け出さなくてはいけない、だがどうすればいいのか分からない。


 解決の糸口が思いつかないまま考えを巡らせて行く内に、ふとわずかに身体の自由が増したタイミングがあった事を思い出す。


 ――起きた時は全く動けなかったが、自己治癒が終わった後は首を動かせた……


 あの時は特に意識していなかったが、確かに拘束が緩んでいた。


 ――自己治癒を発動したのが良かったのか? 可能性は低い……なら魔力漏れの制御か?


 思えば意識を取り戻した時は魔力漏れの制御を一切していなかった。逆に自己治癒をしていた時はイゴールの魔力感知の事を懸念して魔力漏れの制御をしていた。

 そして先程慌てて身体強化を発動した時は、焦りから魔力の制御が疎かになっていて身体から魔力が漏れ出てしまっていた。


 ――魔力を吸って固まるのなら、魔力の供給を断てば糸の硬質化が解けるかもしれない。


 そもそもここに落ちてきた段階で糸が硬質化した状態だったら俺は死んでいた。

 あくまで推測になるが、落下した俺が糸に受け止められた後無意識のうちに身体から漏れ出ていた魔力を吸って糸が徐々に身動きを取れないレベルまで硬質化したのだろう。


 ――身体が地面に叩きつけられる前に糸が固まりきらなかったら、今頃地面のシミになっていたかもな……


 意識を取り戻し、自己治癒を開始した後は身体から漏れ出る魔力を制御していた。

 結果的に糸への魔力供給が断たれ、徐々に糸の硬質化が解け始め首を動かせる程度には拘束が緩んでいたということだ。


 ――せっかく硬質化が解け始めていたのに、魔力制御を疎かにしながら身体強化を発動したせいで糸がまた固まってしまったのか。


 推測が正しいとは断言できないが、状況証拠的に大きく外れていることはないだろう。


 ――若干首が動かせるまで十分? 身体を完全に自由に出来るまでどれだけ時間が掛かるんだ……巣の主が戻ってくるまでに間に合うのか……?


 昨晩から色々とありすぎた。どうしようもないことを考えても辛いだけだ。


「なるようにしかならないか……」


 そうぼやきながら思考を放棄して、魔力制御を開始しながら目を瞑った。 

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