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第71話 メドウ・トロル

 ブレアド平原に踏み入れてからひたすらに真っすぐ進んでいるが、景色は全くと言っていいほど変わらない。どれだけ歩いても、草原と丘がひたすら続く。


 時折タスク・ボアと思わしき魔獣と戦っている冒険者達のみが、単調な景色に彩を添えた。平原には何か所か草が刈り取られている空地があり、冒険者たちは上手くそこまでタスク・ボアを誘導してから一斉に攻撃を加えて仕留めていた。


 ――追い込みをしているのは、パーティーの斥候役か? 詳しくは分らないが……よく魔獣の位置が分かるな。草に隠れた生き物が見えないのが、辛すぎる。


 平原を歩きながら、既に何回か草に隠れた魔獣から攻撃を食らっている。


 ――攻撃してきたのが小型の魔獣だったから事なきを得たが、不意打ちで致命傷を負ったらシャレにならないな……


 改めて、自分に欠落している冒険者の技能に気づかされる。冒険者達がどうやって草に隠れる生き物を察知しているのか分からないが、自分なりに対処することにした。


 ――事前に、草の中に隠れている魔物の位置を把握できればいい……


 水魔法の霧を、草の中に浸透させていく。魔力感知が出来ない自分には、魔力感知擬きが最適解に思えた。


 ――行けそうだな。


 霧を放った草の中で、動いていない小型の魔獣を捉えた。身体強化を掛けて魔獣の位置まで踏み込み、素早く魔獣がいるはずの位置に剣を突き立てる。


 肉を裂いた感触を確かめてから剣を掲げると、ウェルド・ラビットによく似た新緑色の毛並みの兎型の魔獣が剣先で息絶えていた。


 ――位置を把握できるのは、心強いが……


 草の中、しゃがみながら魔獣から魔石だけ剥ぎ取ってから埋める。


 ――常に魔力感知擬きを展開するのは骨が折れる。根本的に対処方法を間違えているのかもしれないな。


 遠目で見ているだけなのであくまで勘だが、見かけた冒険者たちは自分ほど苦労せず魔物を感知しているように見えた。


 ――今日は切り上げて、初心者冒険者向けの講習を受けてから戻って来た方が良いかもしれない。


 ブレアド平原に踏み込んでから既に数刻が経ち、そろそろ引き返さないと正午の定期馬車に間に合わない。今登っている丘の頂点まで辿り着いたら引き返そうと考えていた矢先、叫び声が聞こえて来る。


「皆は俺が守る!!」


 丘を登り切り、眼前に広がった景色を見下ろすと平原の真ん中で冒険者が体長四メートルはある灰色の魔物と対峙している。


 ――あれが、メドウ・トロルだろうな……


 これまでオブレド平原で見かけた生き物とは一線を画す化け物を見据えながら、どうするべきか考える。メドウ・トロルと対峙している冒険者パーティーは、先程叫んだと思われる男を除き全員負傷して地面に伏している。


「私たちの事は……いいから……」

「逃げて……!!」

「うおおおおお! 変身!!」


 男が珍妙なポーズをとった後全身を眩い光が包んだのも束の間、気づけば漆黒の鎧を全身に身に纏っていた。走った勢いのままメドウ・トロルに渾身の正拳突きを食らわせたが、メドウ・トロルは微動だにしない。


「ガァアア!!」


 メドウ・トロルが腕を払うと、勢いよく向かって行った男が吹き飛んでいく。


「「カズマ!!」」


 ――見てられないな……!


 男を吹き飛ばした後、負傷した男の仲間に迫ろうとしていたメドウ・トロルの前まで身体強化を全開で掛けながら割り込む。突然の乱入者にメドウ・トロルは一瞬呆けた表情をしたが、直ぐに好戦的な面構えで姿勢を低くした。


 メドウ・トロルが動き出すよりも早く、身体強化を掛けたまま肉薄する。驚き戸惑うメドウ・トロルが反応できる前に、すれ違いざまにメドウ・トロルの左足首の腱を思い切り剣で切り裂いた。


「ガアア!!!!」


 肉の裂ける感触を剣越しに感じた後、メドウ・トロルの足周辺の草が血潮に塗れる。左足の支えを失い、そのまま草を圧し潰しながら地面に転がるメドウ・トロルに起き上がる隙を与えず、首元まで接近し勢いよく剣を振り下ろす。


 ほぼ抵抗を感じさせないまま刀身が地面に辿り着き、メドウ・トロルの首と胴体が永遠の別れを告げた。


 ――前から思っていたが、ヴィセンテの剣は出鱈目な切れ味をしているな……


 事敵を斬首する行為に至っては、これまで一太刀で済まなかった試しが一度もない。


 ――クラッグ・エイプと比べると圧を感じなかったが、倒せたのは俺の実力じゃないな……冒険者達は、どうやって対峙した魔物を倒せるのか逃げるべきなのか判断しているんだ……?


 剣を振ってあらかた返り血を落としてから、鞘に納める。


「カズ……マ……」


 メドウ・トロルに吹き飛ばされた男がどうなったのか気になるが、取り急ぎ近くで横たわっていた男の仲間達に応急処置を施す。メドウ・トロルの攻撃を受けたのかかなり重症だったが、幸い命に別状はなさそうだ。


 応急処置を終え、男が吹き飛ばされた先まで行くと草の中で男が蹲っていた。先程身に纏っていた不思議な鎧は、いつの間にか消えている。


 ――三人か……


 意識を失っているが鎧のおかげで軽症の男を見下ろしながら、どう運ぶのか考える。


 ――取り敢えず、討伐証明だけ回収しておくか……


 一旦男を放置してメドウ・トロルの耳を剥ぎ取り収納鞄に仕舞う。一瞬死体を持ち帰ることも頭をよぎったが、ヴィセンテ達の入っている収納鞄に魔物の死体を入れるのは避けたい。


 気絶している男が横たわっている場所まで戻り、男を背負う。脱力した男を運ぶのに苦労しながら、男の仲間たちの元に辿り着き一人ずつ腕の脇に抱える。


 ――正午の定期馬車に間に合わなくても、夕方の定期馬車に間に合えばいいが……


 意識を失った冒険者三人を担ぎながら戻る道程を想像して深いため息をつきながら、定期馬車が停泊する広場に向かって歩き始めた。


  ――それにしても……()()()か……

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