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第65話 職人街へ

「確かに預かったよ。帰るまでには部屋に届けるから、戻ったら確認してね」


 店主に洗濯物と代金を預けて、宿を後にする。


 昨日は結局考えが纏まらないまま眠ってしまったが、起床してから頭を切り替えた。


 考えても無駄だと無理やり割り切ることにした。優先しないといけないのは生き残る事と、ドルミル村に辿り着く事だけ。自分はそれを達成する為に行動を続ければいい。


 ――生き残る確率を上げるためには、まずはギルドの庇護を最大限受けられるように冒険者の等級上げを優先すべきだろうな……オブレド伯爵と話し合ってから、もう一度冒険者ギルドに行って冒険者制度について詳しく聞こう。できれば、受けられる依頼がないかも確認したい。


 予定を立てながらオブレド伯爵と約束をしている正午まで時間を潰すため、取り敢えずマルタの古着屋を目指すことにした。


 先日と同様に人気のない店内に足を踏み入れると、店の奥から聞き覚えのあるしわがれた声が聞こえてくる。


「冷やかしなら帰っていいよ」

「シャツを買いに来ました」


 店の奥から店主が顔を覗かせ、こちらに気付くと表情をほころばせた。


「久しぶりだね!」

「先日ぶりなので、そんなに時間は経ってないと思いますが」

「細かいことを気にしたらいけないよ」


 店主がこちらの傍に寄り、ポンと俺の胸を叩く。


「志願は上手く行ったのかい?」

「成り行きで、領兵ではなく冒険者になりまして……」

「ほう、そうかい! まぁ、若いうちに色々と経験してみるといい。今日はシャツを買いに来たのかい?」

「はい、これからメリシアで生活するのにシャツ三枚では心許なくて」


 店主が店の裏に戻って行きながら話す。


「それを言ったらズボンも一着じゃ困るよ。選んであげるから待ってなさい」


 店の奥に店主が消え、再び一人取り残された店内で展示されている服を見る。先日訪れた時と大分展示が変わっているが、日によって出している服を買えているのだろうか? 店内をぐるりと回り、見た事もない派手な色合いのスリット付ズボンを見つけたのと同時に背後から声を掛けられる。


「ズボン二着とシャツを五枚選んであげたから、確認しなさい」

「ありがとうございます」


 今日は採寸を取られなかったが、覚えてくれていたのか選んでくれた服はどれも着心地が最高だった。会計を済ますと、店主が話しかけてくる。


「私としてはうれしいけど、少しは値段の交渉をしないとカモにされちまうよ?」

「選んでいただいた品物と値段に、納得していてもですか?」

「出された物をそのままの値段で買い続けてると、いつか足元を見られるよ。端数を勉強して貰うなり、まとめて買うからちょっと安くならないかぐらいは聞くようにしなさい」

「なるほど……」

「値切られる前提で価格を提示する商売人もいるからね。この後は、早速依頼を受けに行くのかい?」

「実は今日予定があって、それまで街を探索しながら時間を潰そうと思ってました」

「それなら、値切りの練習にもなるし打ってつけの場所があるよ」





――――――――





 ――冒険者が多いな……


 道を行き交う人々の大半が鎧や魔術士のローブに身を包み、目当ての店目掛けて足早に歩いていく。活気溢れる職人街の至る所から、熱心に商談を交わす声と鉄を打つ音が聞こえてくる。


 ――コスタ工房、ここで合っているよな?


 露店や鍛冶屋の並ぶ通りを進んだ先で、古着屋の店主におすすめされた店を発見した。


 革製の武具だけでなく、鞄や服に靴まで取り揃えている。革製品の専門店らしき店の扉を開いた瞬間、扉に備え付けられた鈴の音に気づいた店員がこちらを見て一気に険しい表情になる。


「冷やかしなら帰れ!!」


 ――メリシアでは、冷やかし呼ばわりされるのが普通なのだろうか……


 古着屋での出来事を思い出しながら何と言えばいいのか迷っていると、店員が品出しをしていた棚から離れてこちらに近づいてくる。


「んな上等なもん着といて、うちなんかで買い物するって抜かすつもりか!?」


 青筋を立てながら顔を真っ赤にさせ、上着を指差さしながら息を荒くする店員が心配になる。過呼吸で失神しそうな勢いで激高している。


「冷やかすつもりは……ない」


 『冒険者なら冒険者らしい口調で話した方がトラブルになり辛い。目上の者と話すとき以外は私と話した感じでいい』


 先日ギルドマスターに言われたことを思い出しながら、丁寧な口調にならないよう気を付ける。


「アッシュ・ワイバーンの上着なんか、貴族様しか買えねぇもん着といてよく言うぜ」

「お前の理屈通りなら、その貴族相手にそんな口の利き方をしてもいいのか?」

「はっ!?」


 ――忙しい奴だな……


 先程とは一転して顔が青ざめた店員に呆れる。


「心配するな、貴族……じゃない。この上着はたまたまマルタの古着屋で気に入って買っただけだ。指摘されるまで、そんなに高級な物とは知らなかった」

「驚かすんじゃねぇよ! それにしてもマルタの婆が売ってくれたってぇのはまた珍しい話だな」

「そうか?今着てるシャツも見繕って貰ったものだし、良くしてくれたんだが……」

「あの偏屈婆を誑し込むたぁ、兄ちゃん見かけに寄らず枯れ専なのか?」

「あ?」


 俺が貴族じゃないと気づいた直後から調子を取り戻した店員の軽口に対して、思わず凄んでしまった。

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