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第60話 新人冒険者デミトリ

「待たせてしまってすまない!」


 応接室の中に、未だに今朝と同じ鎧を身に纏ったオブレド伯爵と筋骨隆々な長身の女性が入ってきた。急な出来事に思わず立ち上がった自分の元に、オブレド伯爵が駆け寄る。


「アイカーから話は聞いている、よく無事だった!」


 手を力強く握られながら、勢いよく上下に振られる。


「困惑してるみたいだし、そこら辺にしたらどうだ?」

「私としたことが、驚かせてしまってすまない。デミトリ君もジゼラも座ってくれ!」


 主人の行動を全く意に介していない使用人が紅茶を入れ始めたので、オブレド伯爵に従いソファに再び座った。


「手紙を届けてくれてありがとう! 私がビエル・オブレド、オブレド伯爵家の当主だ」

「初めましてデミトリ君、私はオブレド冒険者ギルド、ギルドマスターのジゼラだ」


 ――なぜ冒険者ギルドのギルドマスターがここに……?


「早速だが、ジステインからの伝言で色々と君に伝えたいことが――」

「ビエル」


 ギルドマスターに名前を呼ばれ、オブレド伯爵が発言を止める。


「まずは私がなぜここにいるのか説明するべきじゃないか?」

「っ! そうだね」


 オブレド伯爵が背筋を伸ばし、真剣な眼差しでこちらを見る。空気が張り詰め、オブレド伯爵の発言を待ち息を呑む。


「私とジゼラは、結婚を前提にお付き合いさせて頂いている」

「は?」

「馬鹿者!」


 ――何を見せられてるんだ……


 やはり冒険者ギルドとは関わり合いになるべきじゃないし、ジステインには悪いがオブレド伯爵の元から早々に離れた方が良いのかもしれない。ギルドマスターに頬を抓られながら涙目になっているオブレド伯爵を見ながら、メリシアを出た後どう行動するのか頭の中で組立て始める。


「私から説明しよう」


 赤くなった頬を抑えながらうろたえているオブレド伯爵から視線を外し、ギルドマスターに注目する。


「君の置かれている状況については、冒険者ギルドも把握している。君がグラードフ家の人間であること含めてだ」

「……!? 冒険者ギルドに共有される、理由が分からないのですが……」


 ――ジステインから聞いた話だと、俺がグラードフ家の人間なのは限られた人間にのみ共有されている様だったが……


「冒険者ギルドは原則として政に関わらない。各国に支部を置けるのも、冒険者登録した人間が自由に外国へ渡航できるのも、ギルドとギルドに所属した冒険者が中立の立場を保ち政治抗争や戦争に関わらない盟約を結んでいるからだ」


 ――色々と突っ込みどころがあるが……


「尚更、私の亡命の件について共有されている理由が分からないのですが」

「政に関わらないためにも情報が必要だ。仮に君が身分を偽り冒険者登録して、冒険者証を使って他国に逃亡した場合それは冒険者ギルドの責任になる。未然にそのような事態を防ぐために、必要に応じて情報共有を受けるわけだ」


 ――それはそれとして、この場に居る説明になっていないような……


「というわけで、君には冒険者になってもらう」

「はぁ?」


 ――何を言っているんだ?


「ジゼラは口下手だな」

「お前に言われたくない!」

「あの!!」


 また戯れ始めようとした二人を、大声を出して止める。


「亡命中の身で冒険者になるって、どういう事ですか? 冒険者ギルドは政に関わらないんじゃなかったんですか?」

「原則として関わらないと言ったが、何事にも特例がある。例えば王家から相談されたら、内容次第だが協力する事も勿論ある。君は、相当面倒くさい状況になっているみたいだね?」


 ――意味が分からない……


 呆然としていると、オブレド伯爵が一通の手紙を差し出してきた。


「取り敢えず、これを読んでくれ。私達の言葉より分かりやすいかもしれない」


 オブレド伯爵から受け取った、見覚えのある筆跡の手紙を読む。


『デミトリ君


 この手紙を読んでいるということは、無事メリシアに辿り着いた事だろう。


 元々はジステイン伯爵家が君を引き取る方向で話が進んでいたが、君を襲った開戦派や教会の動きがまだ掴み切れていない。ガナディアが勇者召喚に成功したという噂も流れていて、状況は依然として混沌を極めていると言わざるを得ない。


 勝手に話を進めてしまい申し訳ないが、王家に相談した上でジステイン伯爵家ではなくオブレド伯爵家が君の後見人を務めることになった。


 オブレド伯爵家の先代伯爵夫人は、臣籍降下した第三王女様だ。未だにオブレド伯爵家と王家の繋がりは強い。開戦派も、下手に手出しはできないだろう。


 ただ、この短期間で君は二度襲われている。教会も警戒しなければならない。そこで、王家の計らいで冒険者ギルドと協力することになった。


 君の出自を公表した上で王家と繋がりの強いオブレド伯爵家が後見人につき、冒険者として登録してしまえば君に手を出したものは王家だけでなく冒険者ギルドまで敵に回すことになる。


 絶対に安全とは言い切れないが、変に君の素性を隠すよりもこうした方が効果的だと判断された。


 色々と、事後の報告になってしまいすまない。すぐには難しそうだが、状況が落ち着いたらメリシアに私も向かう。それまでオブレド伯爵を頼ってくれ。


 私に伝えたいことがあれば、彼に言ってくれれば連絡を取ってくれるはずだ。


 君の無事を祈っている


 アイカー・ジステイン


 追伸


 教会に難癖を付けられたら面倒なので、聖騎士団員の死体はオブレド伯爵に預けてくれ。彼が処分してくれるはずだ。』


 手紙を折り畳み、目頭を指で摘みながら目を閉じる。


 ――勇者召喚……


 あまりにも情報が多すぎて処理しきれない。


「デミトリ君」


 重い瞼を開き、ギルドマスターと目を合わせる。


「ようこそ、冒険者ギルドへ」

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