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第59話 オブレド伯爵邸

 高い塀に囲まれた立派な屋敷を視界に捉えながら、荷物を確認する。ジステインの手紙と、ヴィセンテの剣をいつでも取り出せるようベルトに固定した収納鞄の位置を調整した。


 ――伯爵邸の門番なら問題ないはずだが……


 自分の運の悪さを自分が一番良く分かっている。万が一門番が教会や、開戦派の関係者だった時のことを考えておいて損はないだろう。


 ――オブレド伯爵を頼れない場合、我武者羅にドルミルの村を目指して目的を果たしてから国を出るのも視野に入れよう。


 迷惑を掛けたジステイン達を残して国を去るような事は出来る事ならしたくないが、ヴィーダに残っても余計迷惑を掛けてしまう気がしないでもない。


 ――メリシアを脱出する場合、このまま北門に向かおう。


 簡単に脱出経路を頭の中で組立てた後、意を決して伯爵邸の門番に近寄った。門の両脇で警戒している門番の内一人が、手を挙げながら制止してきた。


「ここはオブレド伯爵様の邸宅。何用だ?」

「エスペランザ城塞都市、領主代行アイカー・ジステイン様からオブレド伯爵様に宛てた手紙を届けに参りました」


 門番が眉を上げたかと思うと、門の反対側に立っていたもう一人の門番と目くばせする。


「手紙を確認させて欲しい」

「こちらです」


 ――渡して大丈夫だろうか……


 何が起こっても対応できるように、身体強化だけ掛けておく。手紙を読んだ門番がもう一人の門番を手招きし、何やら耳打ちしている。


「使者殿、少々待っていてくれ」


 話しかけてきた門番が門の横の通用口を開け屋敷の方に向かっていく。もう一人の門番がこちらへ寄り、何も言わずに開いたままの通用口の前に立ち警戒を再開した。 


 しばらくそのまま待っていると、屋敷の方から先程の門番と燕尾服を着た男が歩いてくる。二人の接近に気付くと通用口を見張っていた門番が門を開き、燕尾服の男が軽やかな足取りでこちらに近づくと腰を曲げお辞儀した。


「お待ちしておりました、デミトリ様」


 顔を上げた男がにっこりと笑ったかと思うと、素早い手つきで乱れた銀髪を指でとかし、綺麗なオールバックに整えた。


「ここからは私がご案内させて頂きます、どうぞこちらへ」

「分かりました」


 燕尾服の男が屋敷に向かってゆっくりと歩き始めたので、後を付いていく。背後では、重い門がガシャリと閉まった音が聞こえてくる。


 綺麗に整えられた石畳の道を歩き、屋敷の入口に辿り着いた所で男がこちらに振り返る。


「ご紹介が遅れてしまい申し訳ございません。私はこの屋敷の執事長を任せられているロベルトと申します」

「デミトリです、よろしくお願いします」


 ――名前は知られているみたいだが、一応名乗り返すのが正解だろうか?


 何をよろしくお願いしたのか分からないが、礼儀作法については全くの素人だ。失礼がないか心配していると、ロベルトが話を続けてくれた。


「ご存じかもしれませんが、主人は今日街に帰還したばかりでまだ屋敷に戻っていません。大変恐縮ですが、少しの間応接室でお待ち頂いてもよろしいでしょうか?」

「はい、問題ありません。急に訪ねてしまい、お手数おかけしてしまい申し訳ありません」

「デミトリ様が訪問することは事前に聞いておりましたのでお気になさらないでください。それでは、応接室にご案内致します」


 屋敷の入口に控えていた使用人たちが、ロベルトの目くばせに応じて扉を開いた。屋敷の内装は外装と違わず過剰な装飾は施されていないが品があり、格式の高さがひしひしと伝わってくる。


 正装していない事が少し恥ずかしいと感じる空気に少し居心地の悪さを感じながら、ロベルトの案内で応接室まで辿り着いた。


「こちらにおかけになってお待ちください。主人にはデミトリ様の到着を知らせに行っているので、そう長く掛からないと思います」


 ロベルトに促され、ソファに腰を掛けたタイミングで使用人がティーセットを乗せたワゴンを押しながら部屋に入ってきた。


「大変申し訳ないのですが、別件の対応で私は退出させて頂きます。彼に待機させますので、何かございましたらお声がけください」


 ワゴンをテーブルの横まで運んだ使用人がお辞儀してから紅茶を淹れ始める。


「分かりました。何から何までありがとうございます」

「それでは、ごゆっくり」


 ロベルトが部屋から出ていき、紅茶を入れ終わった使用人が部屋の隅に移動する。手持無沙汰になってしまったので、紅茶の入ったカップに手を伸ばす。


 ――良い香りだな。


 どうしても頭の片隅で毒かもしれない、伯爵に会うまで油断するべきではないという考えが浮かんでしまうが無視しながら紅茶を一口飲む。オブレド伯爵と今後どういう付き合いになるのか分からないが、国は違えどヴィーダでも出された茶を放置したら印象が悪いはずだ。


 ――そういう作法があるから、貴族の毒殺に紅茶が使われることが多いのかもな。


 陰鬱な事を考えながら紅茶を嗜み、丁度飲み終わる所で部屋の外で音が聞こえた。ドタバタと応接室の扉の前まで音が近づくと、勢いよく扉が開いた。

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