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第57話 情報収集

「えー」


 何と言えばいいのか分からない。宿の店主がカウンターに腕を乗せながら、こちらの方を見ている。


「明日中には引き払うと聞こえたけれども」

「色々と、事情がありまして……」

「何か不手際でもあったのかな」


 あからさまに落ち込んだ様子の店主が、カイゼル髭を弄りながら俯く。


「長い間滞在してもらっていたけど、嫌なことでもあったのかな?」

「全然、そんなことではないので……!」

「じゃあなぜかな?」


 ――ある程度、濁して説明してもいいのだろうか……


 せっかく宿を取れたんだ、できれば店主に悪い印象を持ってほしくない。


「彼らが……冒険者なのはご存じでしょうか?」

「知っているよ」

「実は、今日ちょっとした問題に巻き込まれてしまったみたいで。彼らは全然悪くないんですが、逆恨みされるかもしれないので宿を移す事を検討してるみたいです」


 ――俺の方から話しても良かったのだろうか……


「それは、残念だね」


 ――会話のペースが掴めない。


 これは、この場を離れても良いのだろうか? 黙りこくった店主がカイゼル髭から指を離してこちらを見る。


「そういえば、君はなんで予定が未定なのかな?」

「あぁ、それは、オブレド伯爵がお触れを出していた盗賊の討伐に志願しようと思っていたんですが」

「確か、もう出発してないかな?」

「そうなんです、メリシアに到着してからそう聞きまして。領軍が帰還したら領兵に志願しようと考えているので、それまで滞在させて頂きたいんですが」

「それなら、滞在は延長しなくても良さそうだね」

「えっ?」


 ――まさか、長期滞在じゃないと泊まれない宿なのか?


「今回は、市民の安全を重視している姿勢を見せる意味が大きかったんじゃないかな? 討伐任務自体はすぐには終わらないけど、出発してから三日ほど経っているし明日には先発隊と一緒にオブレド伯爵様も帰還すると思うよ。そもそも全軍出軍してるわけじゃないから、領兵にはいつでも志願できるんじゃないかな?」

「言われてみれば、そうですね……」


 ――あまりこの設定についてちゃんと考えてなかったからぼろが出たな…… 確か、伯爵が帰還してから志願したほうがいいと言っていたのはマルタの古着屋の店主だったような……?


「……田舎者であまりよく分かっていないんですが、てっきり志願するには領主様の許可がいると思い」

「私も詳しくはないけど、採用判断を下すのは伯爵様じゃなくて兵士長とかじゃないかな?」

「ですよね」


 ――なぜ、あの古着屋の店主は伯爵が戻ってくるのを待ってから志願するべきだと言ったんだろう。


 本当に志願するわけではないので、あまり深く考える必要は無いのかもしれない。


「余程の事がなければ大丈夫だと思うけど、もし志願兵として受け入れられなかったら滞在の延長はその時また相談かな」

「そうして頂けると助かります。ちなみに、街の事が何も分からなくて本当に申し訳ないんですが、志願するにはどこに行けばいいのか教えてもらう事は可能でしょうか?」


 ――志願はしないが、街の中の施設の位置を大体でもいいから把握したいな。


「街に来たばっかりだったね。街にはどの門から入って来たのかな?」


 ――微妙に答え辛い質問だな……


「……ダリードから馬車に乗って来たので、ダリード方面の門になると思いますが……」

「それは南門だね。パティオ・ヴェルデを出て道なりに右に進んでいくと大通りに出るよね? 南門はそこと繋がっているから、大通り沿いに南門まで戻れば兵舎が見えるはずだ」


 ――できればもう少し、情報が欲しいな。


「ありがとうございます、街に来たのが初めてで今日ずっと迷子になっていたので」

「メリシアは大きめの街だからね。領兵になったら警備で街を周ることになると思うから、簡単に説明してあげるね」


 店主がカウンターの裏から丸めてあった分厚い羊皮紙を取り出し、カウンターの上で広げる。


「これは……」

「メリシアの地図だね。かなり古いものだから所々間違っているけど、大体街の事を把握できると思うよ。今いるのがここだね」


 店主が街の中央よりも少し下の方を指差す。

「街の南側には、兵舎以外だと繁華街、職人街があるね。冒険者ギルドもあるし、街の外から訪ねてくる人も多いから宿屋も多いね」

「商業区は、ないんですか?」


 繁華街で見かけたバレスタ商会の事を思い出す。


「商業区は街の北側にあるよ。色々な商会や市場、住宅街なんかが街の北側に集中しているから警備で巡回するならこっちの方がお世話になるかもね」


 ――王家御用達になる予定らしいが、バレスタ商会は街の南側に商会を構えていて大丈夫なのか……


「最後に、街の中心には領主邸と高級住宅街、公園があるよ」

「高級住宅街?」

「聞き慣れないかな? 王都には貴族しか屋敷を持てない貴族街があるけど、メリシアの高級住宅街はそれに似てるかもね。主に富裕層の人たちが住んでいるよ。とは言っても貴族街と違って誰にでも解放されていて、公園に行くために訪れる人も多い。綺麗で良いところだよ」


 ――一瞬、街のど中心の一等地に富裕層向けの公園を作るのはどうかと思ったが早とちりだったようだ……


「色々と、説明して頂き本当にありがとうございます!」

「うんうん、志願が上手くいくことを祈っているよ。時間があったら、街を周ってみるのもいいかもね?」

「ありがとうございます。それでは、失礼します」

「よい夜を」


 街の事を話せて満足そうな宿の店主を受付に残し、二階の自室へと戻る。


 寝台で横になりながら、予想外の所で得た情報を整理しつつ明日の予定を立て始めた。

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