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第52話 追放者セイジ

 大声で呼び止められてしまい、周囲からひそひそ声が聞こえてくる。泣きはらした顔をした少年が男の上着を掴みながら引き留めているんだ、異様な光景に違いない。


 ――勘弁してくれ……


「……さっき言った通り、俺はメリシアに来たばかりで……」

「そんなあなただから、話がしたいんです!」


 ――頼むから叫ばないでくれ……


 周囲がざわつく。若い女性の集団が妙に盛り上がっているのが、視界の端に見える。


「……分かったから、落ち着いてくれ。俺でよければ、話を聞こう」

「っ!! ありがとうございます!!」


 セイジに抱き着かれたのと同時に、黄色い悲鳴が聞こえる。


「……この場から離れよう」

「分かりました、付いてきてください!」


 セイジの案内で、パティオ・ロッソへと踏み込む。建物の外観だけでなく、内装も赤を基調とした温かみのある装飾が施されている。


「セイジ君、もう帰って来たの?」

「はい。少し、知り合いと話したいのですが庭の東屋を借りても良いですか?」

「どうぞどうぞ! 好きなだけ使ってちょうだい」


 ――いつの間にか赤の他人から知り合いに格上げされているな……


 宿の女将らしき優し気な表情をした女性の了承を得たセイジに、宿の中心にある中庭まで案内された。綺麗に切りそろえられた芝の中心に、丁度二人掛けで座れる小さな東屋が立っている。


「どうぞ、座ってください」


 セイジに促されて、彼と向き合う形で座る。


「「……」」


 座ったは良いものの、セイジが俯き黙り込んでしまった。少し待ってみたが、発言する気配は全くない。


 ――話したいことを話してもらって、解放してもらおう。


「俺に、話したかったことは――」


 ぐんとセイジが顔を上げると、決意に満ちた目でこちらを見る。


「ぼくを、弟子にしてください!!」

「え?」


 ――意味が分からない。


 出会ってからこれまでの流れで、どこに弟子になる要素があったのか見当がつかない。


「ギルドの前にいて、ぼくを助けてくれて、軽々とここまで運んだのに息を切らしてすらいない。あなたは、上位冒険者ですよね!? ぼくを弟子にしてください、お願いします!!」


 ――そういうことか……


「すまないが、俺は冒険者じゃないんだ」

「そんな……! ぼくが弱いから……あなたも、ぼくを見捨てるんですか!?」


 ――あー、これはやばいかもしれない。


 セイジの瞳に宿る悲しみの奥に、確かな怒りが見え隠れする。


「ぼくは、強くなりたいんです。強くならなくちゃいけないんです!絶対にあいつらを見返して、ざまぁしてやるんだ!」


 ――ざまぁって、声に出して言うと変な響きだな……


 若干現実逃避しそうになりながら、無理やり意識をセイジとの会話に集中させる。


 ――逆恨みされたら、面倒な事になりそうだな……


「勘違いをしているみたいだから訂正する。俺はオブレド伯爵がお触れを出した盗賊討伐に志願して、あわよくば領兵にしてもらえないかと思って田舎から街に来たばかりだ。本当に冒険者じゃない」

「でも――」


 マルタの古着屋を後にしてから考えておいた設定を、セイジの言葉を遮りながら一息で説明しきる。

 

「田舎育ちで身体強化と自己治癒しか取り柄がない、ただの一般人だ。逆に言うと、君は魔力も豊富そうだし身体強化を極めれば俺と同じぐらいの力はすぐ手に入れられると思うぞ?」


 先程興奮していたセイジから強力な魔力の揺らぎを感じた。魔力もそれなりに多いだろう。


「そういうことだったんですね……」

「まぁ、身体強化がどれだけ強くても体を鍛えていないと真価を発揮できないし、すぐにばててしまう。まずは、体を鍛えながら身体強化の特訓をするのがいいんじゃないか?」


 ある程度セイジが満足するような、強くなるための指針を提示して早々に話を切り上げたい。ただ、話した内容はすべて本心だ。俺自身使えるものはなんでも使うつもりだが、魔法と呪力に関しては急に使えるようになったように、急に消えてもおかしくないと思っている。


 ――魔力操作と制御を死に物狂いで特訓した上で体を鍛えていなかったら、魔力暴走した時に死んでいてもおかしくなかった。やはり、基本が一番大事なんだろうな……


 しみじみとそう思っていると、セイジが小声で呟いているのが聞こえてくる。


「……くそ、師匠キャラじゃないのかよ。楽に強くなれるチートが手に入ると思ったのに……」


 ――こいつ……普通思っていても、口に出して言うか?


 こちらに聞こえていることに気づいていないみたいだが、セイジの独白に驚きを禁じ得ない。思い返すと、彼の言動はずっと芝居がかっている上、かなり情緒不安定だ。


 ――あの時野次馬も止めに入らなかったし、マルコス達に見限られたのも人間性の問題じゃ……


「……あの場限りで別れるはずのモブか? いや、唯一味方してくれたんだ。味方してくれたこいつがこの後死んで、助けられなかったから能力が覚醒する展開かもしれない……」


 物凄く失礼なことを小声でぶつぶつと呟いていたセイジが、急にこちらを見上げる。


「あの!!」

「……ああ」

「あの時、誰も味方してくれなかったのに助けてくれて……ここまで送ってくれた上に、相談にまで乗ってくれてありがとうございます! このご恩は……一生忘れません!!」

「……気にしないでくれ」

「最後に、名前だけ聞いても良いでしょうか? ぼくはセイジです!」

「デ……ニスだ」

「デニスさんですね、絶対に忘れません!」


 本名を明かすべきではないと思い、咄嗟に熟女好きの盗賊の名を名乗ってしまった。強烈な自己嫌悪に陥りながら、セイジを残し東屋を後にすると後方からまたぶつぶつと声が聞こえる。


「……名前を知らなかったら死んだ時に名前を叫べないし、覚醒イベントっぽくないもんな……」


 宿の中に戻り、溜息をつく。


 女将に頭を下げて出口に向かおうとすると、声を掛けられた。


「早かったわね、もう話は終わったの?」

「はい」

「セイジ君が知り合いを連れてくるのは久々だったから、びっくりしちゃった」

「今日会ったばかりで、知り合いという程の者でもないんですが……」


 セイジと知り合いであると認識されるのに強い抵抗感を抱き、強めに否定してしまう。


「あら、やっぱりそうなの」

「やっぱり?」

「街に来たばかりの頃はちょくちょく道端で出会った人を連れてきて話してたけど、パーティーに所属してからはあなたが初めてじゃない? あの子押しが強いし、図々しいでしょ?」


 正直に答えて良いものか分からず曖昧な表情をしてしまう。


「窓から見えるけど、あの子まだ東屋で独り言してるみたいだから心配しないで。変な子よね」

「そうですね……」


 出会った当初の優しい表情のまま、自然と毒を吐く女将に困惑しながら頷く。


「おだててあげれば害はないんだけどね。ちなみに、もう宿は決まってるの?」

「いえ、まだですが……」

「心配しないで、うちはちょっと気が引けるんでしょ?」


 ――ちょっとどころではないが……


 女将がカウンターの裏から紙を取り出し、何か書き込んでからこちらに渡して来る。


「うちの姉妹宿、パティオ・ヴェルデがおすすめよ。簡単な地図を描いたから、気が向いたら行ってみて」

「ありがとうございます」


 宿から出て、またセイジに声を掛けられたら堪らないと思い足早に距離を取る。


 繁華街からここまでの移動と、セイジとの話し合いにかなり時間を取られてしまい既に日が傾いている。伯爵の不在について裏取りが出来ていないが、今日はもう宿を取った方が良いかもしれない。


 ――パティオ・ヴェルデ、か。

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