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第50話 マルタの古着屋

 商人たちの乗った馬車が消えていった方に向かいながら街を歩く。バレスタ商会に世話になるつもりはないが、商会を構えている場所の周辺が商業区の可能性が高い。


 時折すれ違う人から、怪しむような視線を送られているような気がする。


 ――髪型か……服か……髪はともかく、なるべく早く着替えを手に入れたい。


 若干歩く速度を上げながら進んでいくと、周囲の建物とは明らかに作りが違う、三角屋根が特徴的なこぢんまりとした店が目に入る。


 窓にはなにも展示されていないが、開いた扉の奥には所狭しと様々な服が置いてあるのが見える。


 人気もなく暗い店内に踏み入るのに躊躇したが、意を決して中に入るとしわがれた声が聞こえてきた。


「冷やかしなら帰ってもいいよ」

「……ここは服屋でしょうか?」


 店の奥から、腰の折れ曲がった白髪の老婆が姿を現す。


「マルタの古着屋を知らないとでも言うのかい?」


 妙に圧のある眼光を放ちながら敵対心を露にする老婆に困惑しながら、適当な言い訳を紡ぐ。


「すみません、ダリード近くの村から来たばかりで、メリシアの事は良く分からず」

「あら、お上りさんかい?」

「はい……」


 咄嗟に付いた嘘だったが、上手くごまかせたようだ。老婆の態度が明らかに軟化する。


「服も髪もちぐはぐだねぇ、そんなんじゃ田舎者って馬鹿にされちまうよ?」

「はい。すれ違う人の視線が痛かったので、服屋を探してました」

「それなら、ここに来たのは正解だ」


 いつの間にか傍まで寄っていた老婆に、流れるような手つきで採寸を取られる。あまりにも一瞬の出来事で反応できずにいると、老婆が店の奥に戻っていく。


「似合うものを見繕ってあげるから、店内でも見てなさい」


 一人取り残された店内で、所在気なく辺りを見渡す。


 古着屋と言っていた通り、掛けられている服は統一性がなく大きさもばらばらだ。子供用の服から、誰が着るのか分からない大人が二人収まってしまいそうな巨大なドレスなど多種多様な服がそこら中に置いてある。


 店内をぐるりと回り、上着が纏められた一角で足を止める。


 ――これは、良いかもしれない。


 灰色の革製の、フードが付いた上着を手に取る。しっとりとした肌ざわりをしていて柔らかいが、強度もそれなりにありそうだ。


 ――防具を手に入れたとしても、街中で常に着込むわけにはいかないからな……襲われた時に備えて、少しでも防御力のある服があれば有難い。


 さも当然のように襲われることを前提としているが、可能性が高いことを一切否定できないのが悲しい。


「その上着が気に入ったのかい?」

「はい!?」


 一切気配がなく、背後に現れた老婆に心臓が飛び出そうなほど驚く。


 ――彼女が敵だったら死んでたかもしれない……気を引き締めよう。


「なんだい、難しい顔をして」

「いえ、気に入ったんですが高いだろうなと思って」

「懐の心配よりもまずは身だしなみを整えるのを優先するんだね。その上着も似合いそうだ、あそこの試着室でこれと一緒に着てみなさい」


 老婆から白いシャツと黒い皮ズボンを受け取り、試着室に向かおうとして止まる。


「どうしたんだい?」

「えー……すれ違った街の方々はチュニックにスラックスを履いている方が多かったと思うんですが……浮かないでしょうか?」


 せっかく選んでもらった服にいちゃもんを付けていると思われたくなかったため、歯切れが悪くなってしまった。


「あんた剣士だろう?」

「えっ!?」

「体つきで大体分かる。ダリードから来たのも、オブレド伯爵がお触れを出していたモルテロ盗賊団の討伐任務に志願するためじゃないのかい?」


 どう答えていいのか分からず、あいまいな表情をしてしまう。


「そう落ち込む必要はないよ。伯爵はもう兵を率いて出陣したけど、戻ってきたら領兵に志願するといい。変に一般人みたいな恰好より、その服でびしっと決めた方が志願する時舐められないよ」

「……分かりました」


 盛大な勘違いをされてしまったが、激励してくれた老婆の心遣いを踏みにじりたくないので訂正せずそのまま試着を開始した。


 シャツもズボンも丁度良く、上着もまるで自分のために作られたのかと錯覚するほど着心地がよかった。採寸の時の手際の良さもそうだが、あの老婆はかなり腕が良いに違いない。


「見違えたじゃない、着てみた感想は?」

「ありがとうございます! シャツもズボンも丁度良い大きさで申し分ありません。可能であれば、替えのシャツも何枚か見繕って頂きたいのですが」

「あの台の上の三枚が同じ作りと素材だから見てみなさい」

「何から何まで、ありがとうございます」


 替えのシャツも確認し、全て問題なかったため老婆に声を掛ける。


「確認しました、完璧です。上着込みで、代金は幾らになりますか?」

「シャツ一枚四千ゼル、ズボンが一万八千ゼル、上着が十七万九千ゼルで合計二十一万三千ゼルだね」


 ――シャツ一枚四千ゼルは、古着だとしても状態がいいし安いぐらいだ。ズボンもそうだな。上着は、やはり素材が良かったのか高いな……


「分かりました、上着以外のシャツ四枚とズボンを三万四千ゼルで購入させてください」


 ジステインから預かっている金貨にも限りがある。盗賊や聖騎士達から奪った金には手を付けるつもりがないので、自由に使える金は限られている。


 先程老婆がオブレド伯爵について話していたが、もし本当に不在なのであれば街に帰ってくるまで宿に泊まる金も確保しておかないといけない。


「……値切らないのかい?」

「え? なんでですか?」

「古着なんだ、その金額を出すなら新品の服を買えるだろうに」

「それは……自分にぴったりの服を選んで頂いた上、状態も新品同然なので。同じ服を新品で買おうとしたら、材質も良いですしもっと高くつくんじゃないですか?」

「……上着は?」

「かなり良いものですよね? 今は懐に余裕がないので……もしかして全部一緒じゃないと買えなかったりしますか??」

「馬鹿だねぇ……」


 服が手に入らないかもしれないと考え焦る自分をよそに、老婆がくつくつと笑い出す。


「上着も込みで、五万ゼルでどうだい?」

「いや、それは流石に……申し訳ないです……」

「あれは値が張って中々売れなくてね、このまま棚の肥やしになるぐらいなら価値が分かる坊やに買われた方がこちらとしても助かる」


 その後も少し押し問答を繰り返したが、最終的には上着も購入することになってしまった。


「……ありがとうございました。大切にします」

「また、何時でもおいで」


 新しい服を身に纏いながら、老婆に手を振り店を後にした。明らかにすれ違う人々から怪しむような視線を送られなくなっていることに安心して、商業区を目指した。

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― 新着の感想 ―
幸先がイイ。彼の誠実さが、悪い人に向かずに一安心、と言ったところですかねぇ。
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