第477話 乾杯
「それで、その後はどうなったのかな?」
「加勢してくれたガナディアの勇者、ユウゴの魔法で拘束した幽氷の悪鬼が討たれ事なきを得ました」
「その魔法と言うのは――」
「あなた……! デミトリさんが困っていますよ?」
「ヒルダ……」
着席した状態で目一杯こちらに体を寄せながら、幽氷の悪鬼について質問攻めをしてきたヴィラロボス辺境伯が妻に窘められて照れくさそうに頬を掻く。
「いやはや、興奮してしまって申し訳ない。ボルデの宿敵で……息子を奪った怨敵でもある怪物の最期を気にせずにはいられなかった」
「ヴィラロボス辺境伯……」
矢継ぎ早に繰り出された質問が野次馬精神由来の物ではなく、鬼気迫る凄味を織っていたのはそれが理由か……。ヴィラロボス辺境伯だけでなくナタリアも熱心に話に耳を傾けていたのも頷ける。
息子、そして兄の仇、か……。
「恩人にそんな他人行儀で呼ばれるのは心苦しい。是非ケイレブと呼んでくれ。そして改めてボルデを救ってくれた事を感謝する、滅死の魔術士殿」
「ケイレブ殿、俺の呼び方も二つ名ではなくただのデミトリで構わない」
「ありがとう! デミトリにばかり話しかけていては主催失格だな……エリック殿下、大変失礼致しました」
「会食とは言え公式の場じゃないから気にしなくても大丈夫だよ! 僕も砕けた口調で話すから」
――――――――
何事も無く食事を終え、そのまま解散する流れだと思っていたが『是非ボルデを救った英雄と一杯飲ませて欲しい』とせがまれ、俺とエリック殿下とリカルドだけケイレブ殿の書斎に通された。
アイリスをあまり待たせたくないのと俺は酒を飲めない体質なので出来れば遠慮したかったが、どうやら「一杯飲みたい」と言うのは方便で話したい事があるらしい。
男四人で執務机の前に備えられたソファに腰を掛け、ケイレブ殿が酒瓶を取り出して全員分の酒を注ぎ終わるのを待つ。
「乾杯、と言いたい所だがデミトリはお酒が得意じゃないんだろう?」
「申し訳ない……せっかくなので乾杯の一口だけ頂く」
「そうか! では」
「「「「乾杯」」」」
……全員全く顔色を変えずにぐびぐびと飲んでいるが、俺が特別酒に弱いだけなのか?? 喉元を通る焼けるような感覚に耐え、咳を押し殺しながらコップをテーブルに置く。
「お二人を呼び止めた理由については、リカルド君から説明して貰った方がいいかな?」
「そうさせて頂いた方が良いかもしれません」
会食中もほとんど話さなかったリカルドが、背筋を伸ばしながらこちらを見つめて来た。
「本題に入る前に……あの場ではナタリアが恥ずかしがってしまうので言い出せなかったのですが、最愛のナタリアを守って下さりありがとうございました」
そもそもナタリアは危険な目に遭う機会がほぼ無かった。旅の途中でハルピュイアに襲撃されたりはしたが……。
「……約束を果たせて良かった」
無事には変わりないのでそれ以上話を膨らませるのは止めた。俺とリカルドが交わした約束を知らないケイレブ殿とエリック殿下が置いてけぼりになってしまっているが、これでいいだろう。
「それでは早速本題に移りましょう。デミトリさん、城塞都市ボルデでの滞在期間を延長して頂けますか?」
「本当に急だな……年明けまであと一カ月弱はあるだろう? 元々ガナディア王国の使節団が帰国するまで王都に帰還する予定はなかったが、それ以降もと言う事か?」
「ええ」
ちらりと横に座るエリック殿下の方を確認したが、彼も初めて聞いた内容なのか困惑の表情を浮かべている。
「リカルド君、理由から説明してあげた方がいいんじゃないか?」
「お義父さん……そうですね、少し気が早ってしまいました。ちなみにエリック殿下とデミトリさんは、何故私がここに居るのかご存じですか?」
「え? 婚約者のナタリアを迎えに来たんじゃないの?」
エリック殿下の返答に眉を顰めたリカルドが、彼から視線を逸らして俺の方を見る。
「デミトリさんはどう思われますか?」
「開戦派の後処理とガナディア王国の使節団の対応に追われて、王都は今人手不足でかなり切迫した状況だろう? そんな中アルフォンソ殿下の側近候補で、宰相令息のリカルド殿がわざわざボルデを訪れる理由は――」
「あ!?」
遅れて気づいたのか、エリック殿下が恥ずかしそうに額を手で覆う。
「国境が変化した事で必要になる調整や整備を任されたのか?」
「ご名答です! 立場上決裁権が無い身なので、正確には王都との連絡係を仰せつかったと言った方が正しいかもしれません……やはりデミトリさんはおもしろいですね」
面白がられても困るんだが……。




