第475話 久しぶりの礼装
「……これから王族に対してあり得ない程失礼な物言いをするが、見逃してくれないか?」
「そんな申告をされたのは生まれて始めてだよ……大体、デミトリはそう言ってそんなに変なことを言わないでしょ? 良いよ、何を言ってもお咎めなしだって約束する」
呆れたように笑ったエリック殿下の纏う空気が少しだけ軽くなったのを確認してから話を続ける。
「エリック、間違えても良い。それで終わりじゃないし、話せば絶対に分かり合える」
「え……」
「王族であるが故に完璧を求められて、その期待に応える為に完璧であろうとする事は立派だ。だが政ならまだしも、対人関係においては完璧である事を気にする必要はない」
「でも……」
「エリック殿下はヴァネッサ達の事を、真剣に謝りたいと思ってる相手が謝罪している内容が少し間違っていただけで突き放すような、懐が浅い人間だと思っているのか?」
「そんな事ないよ!?」
全身で否定を表現したエリック殿下が慌てて居ずまいを正した。
そう簡単に幼少の頃から形成されて来たであろう王族としての意識が抜け落ちるはずもないが、少しでも素のエリック殿下に俺の言葉が届いている証拠だと願いたい。
「俺が先程失礼な物言いをしても良いのかどうか聞けたのは、俺がエリック殿下を信頼しているようにエリック殿下も俺の事を信頼してくれていると思ったからだ」
「信頼……」
「たとえ対応を少し間違えたとしても、真摯に向き合えば分かり合えると……同じようにヴァネッサ達を信頼してくれないか?」
ゆっくりと俺の言葉を頭の中で咀嚼しているのか、エリック殿下が固まってしまった。急かさずに彼の返答を待っていると、少ししてから殿下が恐る恐る聞いて来た。
「……その、信頼に甘えたと思われないかな?」
「王族としての性かも知れないが自分に厳し過ぎだ。それにどの口が言うんだと思われるかもしれないが、信頼できる仲間に甘えて何が悪いんだ?」
「え、デミトリがそれを言うの……?」
「だから『どの口が言うんだと思われるかもしれない』と前置きしただろう……」
自覚している分エリック殿下の反応が刺さるな……何を言っているんだと言わんばかりの彼の表情を無視して話を続ける。
「エリック殿下の懸念も分かる……極端な話だが、信頼関係を利用して相手に甘え切るのは勿論論外だと俺も思う。だが相手の信頼に甘えるべきかどうか悩む程真剣に考えている時点でエリック殿下はそんなつもりはないだろう?」
「うん」
「なら、少し位甘えても許されると個人的には思うぞ?」
「……分かった。相談に乗ってくれてありがとう、デミトリ! みんなと話してみる」
「私からも感謝させて欲しい。ありがとう、デミトリ殿」
イバイになぜここまで感謝されているのか分からないが、なんとなくだが部屋の雰囲気が軽くなった気がするので取り敢えず良しとしよう。
落ち着きを取り戻したエリック殿下とそのまま談笑していると、しばらくして客室の扉が叩かれた。
「私が確認致します」
イバイが殿下の傍を離れ、扉を開いて使用人と何やらやり取りをしているのを見守っていると数秒もしない内に踵を返してこちらに戻って来た。
「ヴィラロボス辺境伯夫妻が館に到着されたようです。ご準備があるので、半刻後にまた迎えが来るとの事でした」
「準備……?」
「二人してずっと出払ってたから多分本邸でしか処理できない政務の対応と、礼服に着替える時間が必要なんじゃないかな?」
まだ帰っていなかったのか……?
「どうしたの?」
「いや、大したことじゃないんだが……今日の会食は元々予定されていた物なのか?」
「ううん? デミトリが入都したって報告があってから僕にも招待が届いたから」
「そういう事か……」
検問を担当していた兵士達が報告したのであれば色々と辻褄が合う。
思えばボルデに帰還してから辺境伯邸に到着するまで、アイリスを案内していたためかなり時間が掛かった。その間にエリック殿下への招待やニルへの伝言を済ませていたのか。
「大丈夫?」
「ああ、すまない、自己完結してしまった。それにしても……会食とは言えヴィラロボス辺境伯夫妻がわざわざ着替える必要は無いんじゃないか?」
「対策本部の現場に出ずっぱりだったから格式ばった服装で過ごしてなかっただろうし、デミトリは感覚が麻痺してるけど僕は第二王子でデミトリは第一王子の賓客なんだよ?」
そう言われてしまうとぐうの音も出ないな……。
「そうなると、俺がこの服装で会食に参加したら失礼に当たらないか……??」
「気にしないでって言うと思うけど……そうだね! せっかくだからデミトリも着替えよう!」
――――――――
「またこの服を着る日が来るとは……」
「礼装も似合ってるよ!」
幽氷の悪鬼と言うふざけた二つ名を付けられた日に着ていた服で、ヴィラロボス辺境伯夫妻と会う事になるとは思わなかった……。
この燕尾服を最後に着たのはアルケイド公爵邸の茶会だった。
辺境伯邸で刺客との戦闘で破れてしまった上に、大部分が血で染まってしまったためもう使い物にならないと思っていたのに、数日後まるで新品の様な状態でアロアに返却された時は驚いた。
実際、伝えられていないだけで同じものを仕立て直したのかもしれないが。
「腰に収納鞄を留められないのは相変わらず不安だな……」
「すこしの間だけだから心配しすぎだよって言いたいけど、デミトリの場合杞憂って言えない位波乱万丈な人生を歩んでるから何とも言えないね」
「……危険があるかもしれないのか?」
「違うよ!! 今のは僕が悪かった。ボルデは平和そのものだし、王家の影もいるから大丈夫だから――」




