第468話 流行りの魔術士様
「べたべたしてるけど、おいしい!!」
「串があぶないからゆっくりと食べような」
甘辛いタレで味付けされた屋台の肉が相当気に入ったのか、きらきらとした目でその手に掴んだ串焼きを見つめるアイリスの頬に付いた食べかすを拭う。
怪我をしないようにアイリスに渡す前に串に刺さった肉の食べ方を実践して見せた時、かなり濃い目の味付けだったため少し心配だったが杞憂だったみたいだ。
ゆっくりと味わうように肉を堪能しているアイリスの方を向いたまま横目で周囲の観察を続ける。
「……復興作業にはあまり協力できなかったな」
やった事と言えば冒険者ギルドで依頼を二件請けただけで、その内一つはまだ完了報告すらしていない。
「ふっこう?」
「あー……ボルデが少し大変な事になっていて、元に戻す必要があった。その作業を復興と呼ぶんだ」
「もとにもどす……」
もぐもぐと串焼き肉を食べながらアイリスが真剣な表情を浮かべて考えている。
幸いなことに言語を一から教える必要はなかったものの、アイリスはまだ意味が分からない単語が多い。
なるべくアイリスが気になったり質問してきた単語については噛み砕いて説明するように心掛けているが、誰かに言葉を教えた経験が無く手探りの状態だ。
アイリスについて説明してエリック殿下に受け入れて貰える事が大前提になるが、彼の護衛兼教育係であるイバイ辺りに教え方について相談した方が良いかもしれないな。
「おいしかった!」
「綺麗に食べられて偉いぞ」
タレまで舐め取って一見綺麗になった二本の串をアイリスから回収して収納鞄に仕舞い、取り出した布で彼女の手を拭く。
買い食いをしてる時点で行儀についてつべこべ言うつもりはなかったが、後で人前ではあまりそういう食べ方はしない方が良いと教え――。
「けっ、頭の悪そうな獣が何でボルデに入り込んでんだ?」
「馬鹿!! お前、隣に立ってるのが誰だか分かってるのか!?」
アイリスの手を布越しに掴んだまま、ひそひそ声とは到底言えない声量で不快感を露にした男の方に視線を移す。隣で慌てている男は恐らく遅れて聞こえて来た声の主だろう。
「あ? 隣の奴がどうしたって――」
「滅死の魔術士様だよ……!! 最近姿絵が流行ってるだろ!?」
「……あ!?」
バツが悪そうに俺から顔を逸らして体を小さくした男を無視して、布を仕舞いながらアイリスを連れて男達の方に近付いて行く。
余計な問題をこれ以上増やすのが愚かなのは百も承知だ。
俺一人だったら、男達の事など気にせずこの場を去っていたかもしれないが……アイリスの耳の動きであの男の悪意を認識したのが分かってしまった。
「何か用か?」
「い、いや! そう言う訳じゃ……」
「そうか。用も無いのに俺の仲間を侮辱したのか」
「……! な、なぁ? あんたも獣って呼ぶのが侮辱だと思うなら、俺と同じ――」
この状況で何を言い出すんだこの馬鹿は……。
魔力が漏れ出てしまったのか、男が顔面蒼白になりながら地面にへたり込む。
「何頭の悪い勘違いをしてるんだ?」
「ひっ……!」
「これ以上お前の戯言に付き合うつもりはない。俺の仲間を馬鹿呼ばわりした事を撤回しろ」
「ご、ごご、ごめんなさい!! さっきの発言は全部撤回する!!」
身を護る様に腕で抱えた頭を下げた男を数秒見下してから踵を返し、アイリスを連れてその場を去る。
「ごめんな、アイリス」
「なんであやまるの?」
「……嫌な思いをさせただろう」
勝手に怒って、アイリスに何も言わせずに勝手に終わった事としてあの場を去った事を今更後悔する。アイリスにも一言言わせてあげるべきだったかもしれない。
「へんなひとが、へんなこといってもどうでもいいよ? でもまもってくれてうれしい!」
「……そうか、アイリスは強いんだな」
「へへ」
……アイリスは悪意を感じ取れても、差別という概念はまだ理解できていない可能性が高い。今は何を言われても平気でも、これから成長していき色々と知識を付けた後も変わらず気にならないとは限らないだろう。
強さが仮に強がりに変わった時、アイリスが悲しまないようにああいった輩に対する対応は徹底した方がよさそうだ。
「……」
検問を担当した兵士はアイリスに対して反応しなかったがあれは訓練の賜物なのか? 街中ですれ違った人間の中に、先程の男と同じように嫌な視線を送る人間は確かに居たが……正直な所心配していたよりも数は多くなかった。
ヴィーダ王国全体に根強い差別意識があるわけではなさそうなのは嬉しいが、地域ごとに格差があるのかどうかを含め、早めに確認しておいた方が良さそうだ。
それと考えないようにしていたが……。
「……姿絵ってなんだ」
「すがたえ??」
「あー……説明し辛いな……」




