第466話 無理は禁物
「……? ……!! 俺はどれ位――」
「二日近くは寝てたんじゃないかしら?」
「すまない、アイリスやグスタヴォ達は――」
起き上がろうとしたが、肩に置かれたトリスティシアの手に押し戻されて半端に背を浮かすだけの状態で制止した。
「せっかく休めたんだから起きて早々慌てちゃだめよ。後で説明してあげるから……それより、ほら」
「みて!」
「!?」
悍ましい針金状の牙に覆われた顎が眼前に晒され、反射的に剣を抜こうと収納鞄に伸ばしそうになった腕を止める。
「チュパカブラか……」
「ちゅぱ……?」
まだこの近辺にいたのか……。
「わたしがつかまえたんだよ? たべよ?」
「アイリスが……!?」
「ずっと見守ってくれたお礼にって頑張ったのよ」
「そう、か……ありがとうアイリス」
「へへ、いっぱいあるから!」
手合わせの真似事をした時の記憶が確かであれば、コボルドよりも強い魔獣のはずだが……進化の影響でアイリスの素の力が上がったのか?
「難しい事は考えないで、今はアイリスに集中してあげて?」
「あ、ああ……」
――――――――
「見かけに寄らず美味いな」
「おいしいね!」
俺が起きる時間をある程度予見していたのか、先程アイリスが掲げていたチュパカブラの胴体は既に焚火の上で丸焼きにされていた。
着席した直後、アイリスに渡された骨付きの野性味の有る肉を咀嚼しながら感慨にふける。
ミラベルはチュパカブラの事を雑食と言っていたな……俺が遭遇した個体も食にありつけず興奮状態だった。幽氷の悪鬼が山に潜めた、屍人化するつもりだった人間の遺体にありついていたら――。
「痛っ」
「難しい事は考えちゃダメって言ったでしょう? 悪い子ね」
細身なのに力強いトリスティシアの指にひそめていた眉を強制的に解かれ、空いた方の手で額を揉み解す。
「すまない……」
「……私が確認したから、変な事を気にする必要はないわよ」
感情が顔に出る悪い癖は健在みたいだな。心配そうにこちらを伺うアイリスを安心させるため焼かれた肉から大きめの一口を齧り取ると、安心したようにアイリスが胸を撫で下ろした。
「ありがとうアイリス、凄く美味しい」
「ほんと!? よかった」
満足そうに微笑むアイリスから一瞬目を離してトリスティシアの方を見ると静かに目配せされた。まだ食材の調理の仕方等を教えていないアイリスが一人で食事の準備をした訳ではないのは明白だが、はっきりとアイリスを褒めたのはトリスティシアにとって合格の行動だったようで安心する。
起床した直後からアイリスを気に掛けて欲しいと言われていたし、いつの間にかアイリスの姉の遺体が消えていた……俺が眠ってしまっている間に色々とあったのだろう。
「急ぐ必要はないから、ゆっくりと食べなさい」
「ああ」
「うん!」
――――――――
「寝ちゃったわね」
体感で俺の三倍近くチュパカブラの肉を平らげたアイリスがうとうとしだしたので、天幕に案内すると即座に眠りについた。
俺の為に狩りをした後、俺が起きるまでトリスティシアと一緒に見守ろうと無理をしていたのだと聞いた時はかなり申し訳ない気持ちになったが、逆にその事でトリスティシアに怒られてしまった。
『四日間も寝ずにいたデミトリの事も周りは心配するのよ?』と言われた時、返す言葉が無かった。ここ数日色々と起こり過ぎて思考が鈍っていたにしても馬鹿げた無茶の仕方だと今となって思う。
「二人はもう大丈夫そうね。グスタヴォ達の件はさっき説明した通りだけど……帰る前に二つだけ」
人差し指を上げたトリスティシアに距離を一瞬で詰められる。
「一つ目は無理をしない事。デミトリから私を呼んでくれたのは嬉しいけど、本当にどうしようもなくなる前に相談してくれても良いのよ?」
「申し訳ない……今後はもっと早く相談する」
「そうしてくれると嬉しいわ。神界から見守る許可はくれたけど、私は余程の事が無い限りデミトリの意志を尊重するから」




