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第463話 デミトリが願う当たり前

「商神の腕輪の基本的な説明は以上よ。説明が必要ないと思って省いた内容も無くはないけど――」


 トリスティシアがグスタヴォ達の方を見てから俺に振り向き、手中に収めた腕輪を指さす。


「細かな説明よりデミトリ達が一番気にしてるのは、この腕輪が今後悪用されないかどうかとグスタヴォ達が完全にこの腕輪から解放されているのかどうかよね?」

「ああ、特に後者については明らかにならないと彼等も生きた心地がしないと思う」

「分かったわ。少しだけ待っててくれないかしら?」

「頼む」


 何やら腕輪を持ちながら作業を始めたトリスティシアの邪魔をしないように待っている間、着替えが終わり裸足のまま雪の上に立っていた獣人達の為に防水布を敷いたり、獣人達全員が火を囲めるように焚火を新たに起こしたりと作業を進める事にした。


 獣人達に対する警戒を解いていないのかアイリスが背中にひっついたままで作業をする羽目になってしまったが、獣人達の協力もあり作業自体は円滑に進んだ。


 ヴァネッサ達と違い自分と姿形が似ている獣人達にアイリスが親近感を抱くかもしれないと期待していたが、アイリスは進化後の自分の全身をまだ見た事が無いので無理もないと気付いたのは自分でも恥ずかしい位後の事だった。


 思考に軽い靄が掛かっているのを自覚しながら集中していたつもりだったが、腕輪の一件が片付いたらいい加減寝なければ駄目そうだ。


 夕方に掛けて徐々に橙色に染まる空の元、獣人達が全員焚火を囲んで休める状態になってからしばらくしてなにやら仲間と会議をしていたグスタヴォが傍に寄って話掛けて来る。


「デミトリ。いつかまた囚われてしまうんじゃないかと不安を抱く同胞達がいるのは事実だが、我々は解放して貰えただけで十分だ。ティシアさんも大分作業に手古摺っているみたいだし、これ以上迷惑を掛けるのは――」

「さっきも言っただろう? ちゃんと助けられてくれ」

「だが……」

「中途半端なままだと気持ちが悪いんだ……俺に恩を感じているのなら、逆に俺の事を助けると思って気が済むまで付き合ってくれ。それで貸し借りは無しにしよう」


 俺が折れるつもりが無いのが伝わったのか、白髪の混じった燃えるような赤い髭を撫でながらグスタヴォが肩をすくめる。


「……我々の為になぜここまでしてくれるんだ?」

「急にどうしたんだ?」

「カルメンから聞いたが、元はと言えばシンゴ共々憲兵に突き出すつもりだったんだろう?」


 『なんで』か。


 なんでだろうな……いつか借金を背負ったモイセスに出会い助けた時、ヴァネッサに似たような質問をされたのをふと思い出す。


「……グスタヴォ達はシンゴの被害者だ。目の前に誘拐犯に囚われていた人間が現れたら放っておけないだろう」

「我々の事情を抜きにしても……」


 納得がいかない様子のグスタヴォに、なんと言えば良いのか分からず話題を逸らそうと試みる。


「疑われても困るな、先程信用するみたいな事を言っていなかったか?」

「正直に話すがあれは戸惑っている若い衆を落ち着かせる目的が大きかった。個人的にデミトリが信頼に値すると思っていても、好意の裏に仲間を害する悪意がないか目を光らせなければいけないのは……悲しいが族長である私の仕事だ」


 個人の感情はともかく、族長の責務として疑いの目を向けなければいけないのは分からなくも無い。俺も逆の立場だったら、何の見返りも無く助けてくれる相手を迂闊に信じる事は出来ないと思う。


「……困っている人間が目の前に居て助ける術を持っていたら、手を差し伸べるのに理由はいらないはずだ。それが当たり前だったら良いと思っているし、俺も自分の手の届く範囲ではそうしたいだけだ」

「! ……くくく」


 満足する答えを得られるまで引き下がりそうになかったので正直に話したのに、押し殺すように小さな声で笑われてしまった。ひとしきり笑い終わった後グスタヴォが頭を下げる。


「笑ってしまってすまない。想像していたよりも大分青い理由だったが、そこまで真っ直ぐ言われてしまったらこれ以上疑うのは野暮だな」


 青い、か……それは俺が一番良く分かっている。


 今世も前世も世界は無情だ。理不尽や不条理に満たされている……そうあって欲しいと青い理想を掲げても、叶うはずがないとどこか諦めてしまっている自分も居るのだから世話が無い。


 それでも……。 


「……青臭くても理想を掲げるのは自由だろう?」

「間違いないな」

「あたりまえ……」

「!?」


 寝不足のせいか分からないが、背中にアイリスがしがみ付いているのに慣れ過ぎてしまい急に声が聞こえて来たため心臓が口から飛び出そうになる。


「あ、アイリス、ずっと構ってやれなくてすまない」

「ちょっとつかれた」

「俺は一切支えてないからな……」


 トリスティシアが作業を始めて一時間程経っただろうか? その間ずっと自力で俺の背から胴に両手足を使ってしがみ付いていたので疲れて当たり前だ。


「そのー、ずっと気になっていたんだがその娘は……?」


 思えば作業中から今に至るまでアイリスの存在に誰も突っ込まなかったが、もしかして周りに相当気を利かせてしまっていたのか……?


 今更ながらかなり奇天烈な行動をしていた事に羞恥が込み上げてくるのを無理やり押さえ込みながら思考を巡らせる。


 つい先程獣人が神々に人として認められている事実を知って安堵したばかりのグスタヴォ達に、恐らく自分達と同じ獣人だと思っているアイリスがコボルドから進化した存在だとバレるのは非常に不味くないか……?

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