第462話 商神の腕輪
「説明するのが少し難しいわね……端的に言うとこの腕輪は制限がある代わりに、条件を満たしていれば無機物だけじゃなくて生物も際限なく仕舞う事が出来る収納鞄のような物よ」
それだけ聞くと収納鞄の完全なる上位互換に聞こえるが、問題はそこじゃないな……。
「……無機物だけでなく生物まで際限なく収納できてしまうなら、使い方次第でこの星すら消滅させられないか? 制限が相当厳しくなければこの世に存在してはならない代物としか思えないが――」
「その通りよ。だから腕輪に収納された人や物は所有者の商品として登録されて、自動的に購入時に発生した費用もさっき言った帳簿に記録されて行くの」
捕えられていた自分達が商品と呼ばれたのが気に喰わなかったのか、トリスティシアの説明中何人かの獣人達の耳がピクリと動いたのを察してグスタヴォが振り返らずに片手だけ上げた。
「気を悪くしたのなら申し訳ない。ティシアちゃんは腕輪の仕様を説明しているだけで――」
「皆まで言わなくても大丈夫だ。デミトリが奴隷商を良しとする人間じゃないのは先程の反応で分かっている。ティシアさんが奴隷制度に賛成するような人間だったら仲間にならないだろう?」
族長の言葉を聞き、先程反応した獣人達が恥ずかしそうに耳を畳む。
「理解してくれて感謝する」
「大丈夫かしら……? 説明を続けるわね。この腕輪は収納鞄と違って、収納量の上限の代わりに収納された商品の合計額に上限が設けられているの。その確認と管理のために帳簿の機能も備えているわ」
商品の合計額か……同じ品でも時と場所によって需要が変わり価格が変動するのが当たり前だ。不変の価値を付けるのは不可能だと思うが、トリスティシアも説明が難しいと言っていたし細かな仕様については説明を省いているのかもしれない。
「商人としての実績を上げないと収納できる商品の総額が増えないようになっているのと、収納したいものもまず所有権を獲得しないといけないから、デミトリが心配したような使い方はされないわ」
例えば終末願望を持った狂人が腕輪を手にしてこの星ごと腕輪に収めようとしたらどうなるのか心配だったが、制限のおかげでそういう極端に危険な使い方がされないのが分かって良かった。
だがトリスティシアの説明を聞いて新たな疑問が生まれる。
「収納額に上限があるなら、なぜシンゴはこんなに大勢の獣人を捕える事が出来たんだ?」
人の命に勝手に値札を付けてしまう事自体悍ましい考えだが、シンゴが二十人近くの獣人を収納できたなら彼が収納額を上げる条件を満たしたのか……腕輪を創った商神が獣人達の価値をかなり低く見積もっていなければ説明が付かない。
少なくとも出会い頭に魔動物の保護? 活動をしていると高らかに宣言したシンゴが、前者の条件を満たしていたとは到底思えない。
何も言わずとも俺と同じ結論に辿り着いたのか、グスタヴォの拳もいつの間にか固く握られ細かに震えている。
「腕輪が悪用されてしまったのは設定を間違えたあの子のせいだけど、そんな馬鹿げた考えの持ち主じゃないわ。一応商神の名誉のために説明するけど、そもそもこの腕輪で人を捕える想定をしてなかったんだと思うわ」
「どう言う事だ?」
険しい声でそう問いかけたグスタヴォを一瞬見た後、トリスティシアが腕輪を自分の目線まで持ち上げて難しい顔をする。
「この腕輪は人に値段を付けられないように設定されているの。多分腕輪の所有者が奴隷商売に手を出さないようにしたかったんだと思うわ」
話の流れで商神が獣人の命を軽く見積もっているのではないかと不安だったが、そうではない様で安心する。グスタヴォも思いがけない返答だったのかぽかんとした表情を浮かべた。
逆にそこまで商神が配慮していたなら、何故シンゴは腕輪を利用して人攫いみたいな事が出来――。
「まさか……!?」
「多分デミトリの想像してる通りよ。人の命に値段を付けられないから腕輪の帳簿に金額が加算されなくて、所有権を獲得した生物を収納できてしまう機能がそのままだったせいで、逆に条件さえ満たせば際限なく人を捉えられる道具になってしまってるわ」
かなり重大な見落としじゃないか……? トリスティシアの言う通り、商神の善意から生まれた結果なら皮肉過ぎるな……。
「そうか……」
「大丈夫か、グスタヴォ?」
拳を解き、胸を抑えながら深呼吸するグスタヴォが心配だ。
実際に囚われていた獣人達からしてみれば、結果が腕輪の中に幽閉されてシンゴに無理やり使役されてしまう事だったのであれば、商神の行動が善意によるものだったかどうかなど関係ない。
心中穏やかではなさそうだが……。
「心配をかけてすまない、大丈夫だ」
大きく息を吸って地面に向けて吐いたグスタヴォが、思いの外すっきりとした表情で顔を上げる。
「心無い者達から獣人は人ならざるものだと、汚い言葉を投げ掛けられた事はあっても神々の前では皆平等だとずっと信じていた。その事実が否定されると思って先程は声を荒げてしまったが……商神だけかもしれないが我々はちゃんと人と認められていたんだな」
「それが原因であの腕輪に囚われていた訳だが……」
「安堵と残念な気持ちが混ざって正直複雑な心境だが、概ね良い報せだ」
トリスティシアの方に振り向くと、微笑みながら頷いた。
「俺が言っても何様のつもりだと思うかもしれないが、獣人を人だと思ってる神は商神だけじゃないぞ」
「くく、デミトリがそう言うならそうかもしれないな。解放された事と言い今日は良い日だ!」
グスタヴォだけでなく彼の後ろに控えている獣人達も喜んでいるが……程度は分からないがやはり獣人に対する差別は存在するのか。
前世の記憶があるヴァネッサはともかく、セレーナもアイリスを見て特に反応していなかったので亜人種に対する偏見がこの世界には存在しないかもしれないと淡い期待を抱いていたのだが……。




