第445話 説明下手
仲間の側を離れないコボルドの周りに念の為厚い氷の壁を作り、ワイバーンの方へと近付く。
正直、コボルドの手当てをしている間に攻撃されないかかなり心配だった。予想外だったのは、ワイバーンは俺に気付いてから引いた位置から一歩も動かなかっただけでなく、今俺の歩みに合わせてジリジリと後退している事だ。
先程まで高く掲げていた頭を地面の近くまで下げて、両翼で地面を力強く掴みながらこちらを睨む瞳には俺の勘違いでなければ警戒だけでなく恐怖の色が見える。
「レオに無理やり足にされたせいで人間が怖いのか?」
「……クルル……」
足を止めて、手合わせでレオが纏っていた魔力を思い起こしながら身体強化を掛けていく。一段と目を見開いたワイバーンの反応からして、やはりレオに相当な恐怖を植え付けられたようだ。
絶え間無く息を吐き出しているワイバーンの牙が、冷気に触れて蒸気に変わった吐息越しに震えているのが見える。
レオは素手でワイバーンを従えたらしいが……同じ事を俺が出来るとは思えない。思いの外魔法が効かなかったため、準備が整うまで時間を稼ぐ必要がある。
「あまりの恐怖に錯乱されても困るが……試してみるか」
流石にレオのように全裸にはなれないが、ワイバーンの恐怖の対象を模倣するために上着とシャツを脱ぎ始めた瞬間甲高い叫びに似た咆哮が空気を揺らした。
「クルルルル……!!!!」
「安心しろ、ズボンまでは脱ぐつもりはない」
軽く畳んだ上着とシャツを収納鞄に仕舞う。
俺の一挙手一投足を見逃さないように目を凝らしているワイバーンの呼吸がどんどん荒くなっていく。最早体全体で呼吸しているかのように肩まで上下させながら、両翼をはためかせるワイバーンに見せつけるようにゆっくりとヴィセンテの剣を抜く。
月明かりに輝く刀身にワイバーンが目を細めながら注目している隙に、俺を警戒するあまり意識していなかったであろう空中に生成した氷塊に魔力を込め、ワイバーンの背中に向けて急降下させた。
落下する氷塊が月明かりを遮りワイバーンの頭上に影を落とした瞬間異変が起こる。
「クルォ!?」
空を見上げようとしたワイバーンがその場で転倒し、不自然に畳まれた右翼が体越しに降ってきた氷塊に潰され何かが千切れる音がする。
「ーーーーーーーーー!!!!」
「魔法を解いたな」
不意打ちで当てた水球の水を、ワイバーンの首に出来た傷口に留めるために制御していたのが一気に楽になる。負傷して、体を守るためにワイバーンが纏っていた風魔法の膜が消失したおかげだろう。
水球に混ぜていた麻痺毒の効果が現れ、悲鳴に似た叫びを上げながら上手く身体を動かせずに暴れ出したワイバーンの首目掛けて水球を放つ。
「クルルゥアーー!!」
今度は着弾した箇所の肉がしっかりと抉り取られた。
魔法が効くことが確認出来たので、負傷して動きが更に鈍り始めたワイバーンの首だけを狙いながら立て続けに水球を放ち始める。
被弾すればするほどワイバーンの動きが緩慢になっていき、集中攻撃していた首の骨が顕になった段階で動きが完全に止まった。
「レオはこのワイバーン相手に素手だけで戦って従わせたのか……」
とてもでは無いが今の俺には真似できそうにもない……『ワイバーンの討伐指定等級は白銀だから、デミトリも頑張れば倒せると思うわよ!』とレオは言っていたが、毒に頼らずに戦っていたら無傷では済まなかったと思う。
「なんで途中半裸になったんですか?」
「……帰ったんじゃ無いのか」
「ごめんねデミトリ……昔はこんなに聞き分けのない子じゃなかったんだけど」
トリスティシアが申し訳なさそうにしている横で、探究神が殴りたくなる様な顔をしながらこちらに寄ってきた。
「それにしても、なんだか卑怯ですね」
「……毒を使った事を言っているのか?」
「はい!」
こいつ……。
探究神を無視して収納鞄から服を取り出し身に着け始めると、消え入りそうな小さな鳴き声が聞こえてくる。
「ワゥー……ォオーン……」
探究神を置いて未だに氷の壁の中から動かないコボルドの元へと向かう。一応いつでも逃げられるように通路を開けておいたが、仲間を置いて行く気は無いらしい……。
倒れたままの仲間にに寄り添うように横になったコボルドの痛々しい姿から目を逸らすと、後ろを付いてきた探究神と目が合い苛立ちが募っていく。
「困ってますね」
「……」
「僕も困ってます」
「……何が言いたい」
「君が言った事について考えました。実験の定義が甘かったのを認めます!」
クソ……頭が痛くなる話し方だな……。
「回りくどい説明は良いから単刀直入に言ってくれ」
「そうですね……トリスさん!」
「……何かしら」
「僕には難しいので後は任せます!!」
突然耐え難いほど眩しい光が発生して咄嗟に顔を背ける。
「何がーー」
「あの子……!!」
「ゥッ……!? ウゥー……」
「ティシアちゃん、力を抑えてくれ……!!」
トリスティシアがまた力を解放したせいで、苦しみ始めたコボルドを守るように腕を広げるとピタリと圧力が消える。
あの謎の圧力が消えたのは良かったが、トリスティシアの表情が怒りに染まっているのが心配だ。
「……あー、怒ると美人が台無しだぞ?」
「……ふふ、気を遣わせてごめんね。ありがとう、もう大丈夫よ」
「何が起こったんだ?」
「ふー……一から説明するわね」




