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第444話 置き土産

「私の愛し子に言い掛かりをつけようとしてたみたいだけど、リスコはいつの間にそんな子になっちゃったのかしら?」

「ち、違ーー」

「何が違うの? もしかしてまだ私の愛し子のせいだって言いたいの?」

「それは、違くて! でも、その、実験が中途半端に終わっちゃったので……手伝ってもらえたら嬉しいなぁって……」

「!?」


 探究神の発言と合わせて、俺に抱きついたままのトリスティシアから神々特有の圧力のような物が漏れ出始めた。


「むぐっ!?」

「しーっ、デミトリなら耐えられるからちょっとだけ我慢して」


 骨の髄まで押し潰されそうな感覚に目を眩ませながら、何か考えがあるならと納得して短く頷く。


「ねぇ、リスコ。私の愛し子を実験体扱いしてタダで済むと思ってるの?」

「そうですよね!? 舐めた事を言ってごめんなさいぃ!!」


 神とは思えないほど素早く綺麗な土下座に呆れていると、トリスティシアが力を収め体があの奇妙な圧迫感から解放された。


「分かってくれたなら良いわ。それじゃあ帰りなさい」

「……」

「まだ何か用があるのかしら?」

「その、実験の続きをしたくて……」


 神相手にこんな事を考えてしまうのは不遜かもしれないが、馬鹿なのか……?


「……見逃してあげようとしてるのに馬鹿なの?」

「トリスさん、どうしても僕はこの実験を見届けたいんです!」


 先程の反省した空気を一切脱ぎ捨てて、目を輝かせながら顔を上げた探究神が早口で捲し立てる。


「別の時空の探究神達との交流会で、低級の魔物に人を転生させたらどうなるのかで盛り上がって! 実際試した神から成功例を共有してもらーー」


 別の時空……?? 探究神……達だと?? ぐっ!?


 また、トリスティシアからあの謎の力が放たれ彼女の支えなしでは立てないほどの圧力に意識が飛びかける。


「リスコ……黙りなさい」

「あ……!」

「私の愛し子に余計な事を教えて……そんなにお仕置きをされたいのかしら?」

「違います、ごめんなさい!!!!」


 再び土下座を再開した探究神を見て、トリスティシアが力を抑えてくれたおかげで自分が呼吸していなかった事に気づく。


 荒い呼吸を繰り返して落ち着こうとしていると、トリスティシアが俺の口元から手を引きながら囁いて来た。


「ごめんねデミトリ。色々と気になってると思うけど……説明が必要なら後でするわ」

「……分かっーー」


 返事を言い切る前に大地が揺れ、何かの咆哮が静かな森の空気を引き裂く。耳を澄ますと、微かにだがあのコボルド達に似た鳴き声がも聞こえてくる。


「ほら! ちゃんとしてた証拠です!」


 土下座したまま要領を得ない発言をした探究神を見下ろしながらトリスティシアが呆れたように呟く。


「相変わらずね。主語が抜けてるから何の事だか分からないわよ?」

「す、すみません! えっと、トリスさんの愛し子に僕がちゃんとした実験を設計してないって言われてーー」

「気になってるのはそっちじゃないわ」

「はい! えっと、ある程度進化するまで死なないように強すぎる魔物と魔獣には遭遇しにくくしてあげてたんです! どうです、ちゃんとしてましたよね?」


 顔を上げて俺の方を見て言っているが……。


「今はそんな事はどうでも良い」

「そんな事ってーー」

「要はあのゴブリンが死んで掛けていた魔除けの効果が切れたんだろう? あれはーー」

「あの鳴き声は多分ワイバーンじゃないかしら?」


 恐らくレオが移動に使って、そのままヒエロ山に住み着いたあの個体の可能性が高いな……少し距離はありそうだが、木々が倒れる音とコボルド達の鳴き声がまだ聞こえて来る。


「……ここは任せても良いか?」

「良いわよ、いってらっしゃい」

「え、僕の実験の手伝いはーー」

「ありがとう」


 拘束を解いてくれたトリスティシアに礼を言いながら走り出す。


 ワイバーンの討伐指定等級は知らないが、ボルデまで馬車に乗って一日の距離もない森にまで活動領域を広げているなら放置する訳にもいかない。


 それに……あのコボルド達の事も気掛かりだ。野生で生きている以上、いつか捕食者に出会ってしまったり冒険者と遭遇して命を落とすかも知れないのは分かっている。


 一生面倒を見るつもりはないのに、それでも検証に付き合わせて関わってしまった以上、せめて俺が森を去るまでは無事でいて欲しいと思ってしまう自分の身勝手さに呆れながら身体強化に魔力を注いで走る速度を上げる。


 近づくにつれて地面の揺れが大きくなり、聞こえて来る鳴き声も鮮明になって来る。


 目に見えていなくても必死さが伝わってくるコボルドの声から察するに状況はかなり不味そうだ。


「ワォーーーーン!!」


 一際大きなコボルドの咆哮が聞こえたのとほぼ同時に、前方の薙ぎ倒された木々の先でワイバーンと対峙しているコボルド達を視認した。


 コボルド達も決して小さくないのに、二階建ての建物と同じ高さから彼等を見下ろすワイバーンはまるで猫が獲物を弄ぶように血塗れのコボルドを翼の生えた前足で小突いていた。


 鳴いているコボルドは必死に仲間を助けようとしているが、ワイバーンがもう片方の翼で起こす突風に遮られて近づけずにいる。


「!? クルルルル……!!」

「ちっ」


 ワイバーンの長い首を目掛けて放った水球が音を立てながら弾け、ワイバーンが俺の方を見てから後方に下がった。


 殺すつもりで魔力を込めたのに鱗が数枚剥がれただけなのは予想外だったが、少量ではあるが血が流れている事に安心する。効いてないわけじゃない。


「クゥーン、ワゥ……」


 ワイバーンがこちらを警戒している隙に負傷したコボルドの側まで寄って、仲間に寄り添っていたコボルドに見られながら収納鞄を開ける。


 今は中級ポーションしか手元にないが、仮に上級ポーションを持っていても……倒れたコボルドにポーションを掛けてみたが傷が塞がる気配が一切ない。ポーションがワイバーンの爪に抉られた傷跡から血を洗い流すだけだ。


 呼吸もしていないし、もう……。


「……あいつは俺が何とかするから逃げてくれ」

「ワゥー……」

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