第441話 古典的な罠
降伏を訴えかけるかのように両手を上げながら、先程倒したゴブリン達よりも一際大きなゴブリンが声がした方向にあった茂みから歩み出て来た。
見た目は体の大きさを除けば通常のゴブリンと大差ないが、観察すると体に巻かれた毛皮の着こなし方が明らかに違う。しっかりと体の線に沿って着られるように切り揃えたのか毛皮がちゃんとした「服」の体をなしている。
腰に据えたナイフを留める紐も他のゴブリン達と違い雑にぐるぐる巻きにされた訳ではなく、この距離からでもちゃんとした結び目があるのが見える。
「コロサナイデクレ!」
「……」
先程までは半信半疑だったが、実際にゴブリンの口から人の言葉が発せられているのを聞いた以上疑う余地はもうないな……。
「……」
「サッキマデハナシテタカラ、オレノコトバガ、ワカラナイワケジャナイヨナ……?」
状況に応じた質問ができると言う事は、以前遭遇したハルピュイア達のように人語を真似ているだけと言う訳でもなさそうだ。
「人間には見えないが?」
「セツメイスルトナガクナルケド、イロイロアッタンダ! トニカクオレハテキジャナイ!」
「で?」
「エ……?」
予想外の返答だったのか、ゴブリンが目を丸くして固まる。
「オ、オマエハボウケンシャダロ!? ゴブリンヲカッテルナラ、スマデアンナイスル!! ダカラーー」
「見逃してほしいと」
抜いたまま握っていた剣から血を軽く払い、鞘に戻す。
「イ、イッパイイルゾ! コウカイハサセナイ! コッチダ、ナ? ナ?」
俺から目を離さず、恐る恐る森の奥へと足を踏み出したゴブリンを無視しながら先程倒したゴブリン達を収納鞄に仕舞う。
作業を終え、作業中牛歩ではあるが俺に構わず森の奥へと進み続けていたゴブリンの後を追い始めた。
ゴブリンは逃げ出そうとしてたのか俺が近づき始めたら目に見えて動きがぎこちなくなったが、しばらくして俺が武器を仕舞ったまま攻撃しない事に安心したのか前を向いて話し出した。
「イヤー、ハナシガワカルアイテデヨカッタ!」
「……」
何が起こっても対応できるように周囲に放っていた水魔法の霧をぎりぎり気付かれない濃度まで上げる。
「ゴブリンノスガタダカラ、ダレモハナシヲキイテクレナクテ、ホントコマッテタンダ」
……こいつは俺が襲われていたのを安全圏から観察していた。止めようともしなかったのは、俺があのゴブリン達に殺されても問題ないと判断していたからだろう。
それだけでも信用しない理由には十分だが……仲間を見殺しにしたのに一切その事を悔やむ素振りを見せず、言っている事が本当なら自分が助かる為に巣に居る仲間の命まで売ろうとしている。
本当に奴が言う通り元が人間だったとしても一番信じられない類の人間だ……俺を案内している先にあるのもゴブリンの巣ではなく、罠である可能性の方が高いと考えた方が良さそうだ。
危険を冒してまで逃げ出さずに俺をどこかに誘導しようとしているのも……逃げられそうにないと判断しただけかもしれないが、余りにも不可解な行動だ。
「サイキン、モリモヘンダシーー」
「何が変わったんだ?」
「オ、エラククイツクナ?」
森の異変について調査する目的がなかったら、この茶番にも付き合っていないからな……。
「無駄口を叩かずに質問に答えろ」
「ソ、ソンナニキツクイワカクテモイイダロ……アノヤマノヌシガシンダミテェデ、ナワバリヲヒロゲヨウト、ホカノマモノトカガ、コノモリニキハジメタンダ」
「……それだけか?」
「エ? ソレイガイニ、ナニカアルノカ?」
あまり有意義な情報は得られそうにないな……以前立てた仮説を立証する証言を得られたと言えなくもないが、喋るゴブリンが証人じゃギルドに報告できそうもない。
魔物視点の情報を持っていると踏んだが当てが外れてしまった。落胆していると、俺の斜め前を歩いていたゴブリンが突拍子も無く地面に横たわった倒木に飛び乗って歩き始めた。
「モウスグダ!」
誤魔化すように話し始めて遠くを指差したが、倒木の横に積もっている雪がゴブリンが着地した振動で不自然に上下に揺れている。
やっぱりな……。
「他にーー」
気付かないふりをしてゴブリンに話し掛けながら揺れた地面の上に踏み出すと雪が割れ、体が地面に現れた闇の中へと吸い込まれていく。
「カカッタナ!! ゴブリンノスナンテネーヨ、バーカ!!」
頭上から聞こえてくる醜い声に不快感を感じながら、霧の魔法を凝結し凍らせた足場を確認する為に足元を見て反射的に顔を顰める。透明な氷の足場越しに無数の死体が落とし穴の底に見える。
「ケッコウキタエタテシタヲコロシヤガッテ!! ポイントガムダニナッタシ、アイツラガシッパイシタトキハ、ドウナルカトオモッタケド、ケッカオーライダナ!! ムシロ、ワナヲツカッタケド、チョクセツオレガコロシタカラ、ケイケンチモウマイハズ!!」
ポイントに経験値だと……?




