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第440話 血の海

「ギャ……ギギ……!!」


 薄汚れた緑の体躯に無造作に巻きつけられた毛皮を荒い呼吸で激しく上下させながら、負傷したゴブリンが怨嗟に満ちた声を上げながらこちらを睨んでくる。


「素のゴブリン相手なら素手でも問題なさそうだが……」


 勝手に自分の能力を検証するために力を振るっているため、努めて傷つけないように気をつけていたがそのせいで負傷しかけた。


 知恵のある魔物の戦い方を舐めていたのが良くなかった。


 相対したゴブリンと組み合った際、力では叶わないと悟ったゴブリンが慣れた動作で腕に巻いていた何かを止める紐を噛み千切った。


 嫌な予感がしのでその場から飛び退こうとした時、しがみついて来たゴブリンを剥がす為に力を入れたせいでゴブリンの腕を折るはめになったものの、結果的に自分の勘を信じて良かった。


 ゴブリンの足元で破裂した何かから黒い粉のような物が舞い出た直後、腕を折られその場で痛みに蹲っていたゴブリンの皮膚がまるで炎に炙られているかのように爛れ始めた。


 喰らっていたら致命傷にはならなかったかもしれないが、あのゴブリンの苦しみようからしてまともに戦えなくなっていたかもしれない。


「ギ……」

「ギャー!!」

「グゲルオ……コホォオオ」


 負傷したゴブリンを庇うように仲間のゴブリン達が俺の前に立ちはだかり、その裏で何やら呪文のようなものを唱えている個体がいるが……まさか魔法を使えるのか?


 さっきの道具を使った不意打ちといい……本当に多才な魔物だ。


 世間一般で言えばコボルドよりも討伐指定等級が低く、脅威度も低いと認識されているゴブリン達に肝を冷やされた事に感心する。


 俺も格上の相手とギリギリの戦いを何度もして来たが……だからこそ少しの油断や、時の運で強者が敗北を期す可能性があるのを知っている。


「元々逃すつもりだったコボルド達はまだしも、常設の討伐依頼が出されているお前達は最初から検証が終わったら始末させてもらうつもりだった」

「ギギ!?」

「命を弄んでいるようで気が引けたが、どうせ殺してしまうのであればせめて糧にしようと思って討伐前の検証に乗り切ったが……命懸けで戦う相手に対する礼を失っする行為だったのを謝罪する」


 戦力にどれだけ差があっても、戦い方一つでいくらでも戦況が引っくり返る可能性がある。


 生き様でそれを示してくれたゴブリンに敬意を払いながら、収納鞄からヴィセンテの剣を抜く。


「……側から見たらゴブリンに語り掛ける狂人だな」

「ギギャー!!」


 抜いた剣を大きく振りかぶる。


 負傷したゴブリンを守るように前に出たゴブリン達の視線を俺の頭の上に掲げた剣に誘導したのと同時に、死角から放った水球がゴブリン達に直撃し頭蓋が割れる音が重なる。


 不意打ちに不意打ちを返すことで、俺もどんな手を使っても勝つつもりだという俺なりの意思表示の一撃のつもりだったが……少しやりすぎたかもしれない。


 ダニエラの資料に記載はなかったが……ゴブリンメイジで良いのだろうか? 負傷したゴブリンと魔法を使う個体、そしてずっと物陰で隠れている個体を含めれば三匹を残してゴブリン達は瞬時に壊滅してしまった。


 脂汗を流しながら呪文を唱え続けていたゴブリンメイジが、目前で起こった惨状を理解出来ぬまま仲間の血に濡れ詠唱を止める。


 治療も虚しく、どんどん弱っていくゴブリンの息遣いだけが沈黙を破る。


 ゴブリンメイジが仲間が居るであろう物陰に一瞬視線を逸らした後、決意にみなぎった眼差しで先程とは別の呪文を唱え始めた。


「最後まで仲間を見捨てなかった……立派だ」


 効果が分からない魔法を発動させる訳にもいかず、一気に距離を詰めて一思いにゴブリンメイジの首を刎ねる。


 ゴブリンメイジからの治療が止まり、呼吸に血が混じったのか濁音混じりに喉を鳴らすゴブリンも悪戯に苦しめないようにトドメを刺し、瞬く間に出来上がり凍っていく血の海を眺める。


「……仕掛けてこないならこちらから行くぞ」

「!? マッテクレ!」

「……!?」


 人語……??


「オレハ、ニンゲンダ!!」

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