第437話 独り
「デミトリさん!」
「カミール?」
なかなか帰って来ないシエルの事をそりの外で待っていると、何やら封筒を手に持ったカミールが館からこちらに向かって歩いて来る。
「こちらはヴァネッサさんからです。『ありがとう、久しぶりに会えたからシエルは預かるね』との事です」
「わざわざすまない、ありがとう……確認しても良いか?」
「はい!」
手渡された真っ白の封筒の封を切る。俺が買った物も決して安物ではなかったが、ナタリアに借りたのか数段質が高いな……繊細な蔦の彫り上げ細工がされた封筒から、綺麗に折りたたまれた便箋を取り出して内容を読む。
やはりヴァネッサ達も俺と会いたい訳ではなく、エリック殿下の采配で部屋に待機している状態なのが確認できたのは幸いだが、シエル……。
あの後からずっと様子がおかしかったから手紙を届けて貰うのを止めようとしたら、首元を突かれ猛反発されたので仕方が無く任せたが……やはり思う所があったのか。
手紙を読み進めていくと、シエルが落ち着くまでヴァネッサが預かってくれるみたいだ。そうなると、当分一人きりになるな……。
「……エリック殿下は相変わらず忙しいのか?」
「そうですね。えっと、色々と忙しいです!」
その色々には幽氷の悪鬼の後処理を含むヴィラロボス辺境伯との連携も一応含まれているはずだが、そこまで急を要する用事はもうないのではないか? 俺とヴァネッサ達を遠ざけているのに何か関係してそうだが。
「分かった。折を見て話したいと伝えて貰えないか?」
「分かりました。緊急の用件ならすぐにでも時間を調整して下さると思いますけど――」
「いや……早めにはなせたら嬉しいが緊急と言う訳ではない。エリック殿下なりの考えがあるだろうし……」
「……デミトリさん」
カミールが何か覚悟した様子でぐっと両手をきつく握る。
「詳細はお伝え出来ませんが、王家の影一同は一旦見守ろうという姿勢です。デミトリさんにも強要するつもりは一切ありませんが……一応ご共有まで」
「そう、か……」
『王家の影一同』と言う事は指揮を執っているニルも同じ考えと言う事か……何が起こっているのかは分からないが、ニルが問題ないと判断したなら大丈夫か……。
「王家の影がその見解なら俺も一旦静観しよう……エリック殿下との面会の件は忘れてくれ」
「ありがとうございます!」
カミールがほっと安心した様に息を吐く。
「それでは失礼します!」
「ああ、手紙を届けてくれてありがとう」
館に逆戻りしたカミールを見送ってからそのままそりの外で立ち尽くす。
このままそりに戻って待機する事も可能だが……ずっと待機しているのも微妙だ。
シエルの事が心配だが今はヴァネッサに任せるしかないし、ヴァネッサ達と会う事もエリック殿下と話す事もすぐには叶わないなら……。
――――――――
「あれ、どうかしましたか?」
「少し予定が変わって依頼を請けようと思ってな」
せめて何か建設的な事をしようと思い、とんぼ返りする形になってしまったが冒険者ギルドに戻って来た。
クリク草の採取は終えたが、イーロイが協力を求めている依頼は他にもあるはずだ。選り好みしてしまうのは申し訳ないが、拘束期間が短くレオから教わった事を検証できそうな討伐依頼があれば優先的に請けたい。
「ギルドとしては助かりますが……ギルドマスターが別件で不在なので、私の方から依頼を紹介させて頂く形でも問題ないですか?」
「イーロイは相変わらず忙しそうだな」
「ええ……ヒエロ山の麓で行方不明者が出たので、謹慎中の冒険者達に事情を聞きたい対策部隊の方々と色々と調整してるみたいです」
行方不明者……?
「……まだ調査の最中なら俺に教えない方が良いんじゃないか?」
「誰でも彼でも教えませんよ。デミトリさんがギルドに立ち寄って依頼を請けるつもりなら、協力を仰いで欲しいとギルドマスターから指示を受けてます」
話しながら受付の裏で何やら探していたダニエラが、一枚の依頼票を取り出して受付に置いた。
「依頼主は冒険者ギルド……常設依頼でヒエロ山近辺の森の行方不明者探索と環境調査……?」
「仰々しい依頼内容ですけど達成条件に行方不明者の発見と救出は含まれません。あくまで幽氷の悪鬼討伐による変化の確認が目的で、口頭での状況報告さえして下されば依頼達成になります」
「随分と達成条件が緩くないか?」
「探索の期間も依頼を請けた冒険者にゆだねるのでかなり特殊な依頼なのは事実です。その分報酬は弾みませんが、今はとにかく多くの情報を入手したいので」
確か、生態系の変化があったのかどうかを確認するための調査を、今後実施する予定だとイーロイが言っていたはずだ。今は人員が足りない上に色々と手が回らない状況のため、依頼を請けてくれる冒険者が現れる事を祈って少しでも情報収集しようとしているのかもしれない。
「あまり長期間の調査はできないのと、俺はボルデに来たばかりで元々ヒエロ山近辺の植生や生息している生き物について詳しくない。状況を確認した所で有益な情報を持ち帰れそうにも無いが……」
「そちらに関してはある程度ギルドで纏めた資料があります」
まるで質問されることを予想していたかのような手際の良さで、ダニエラがどこからともなく資料の束を取り出す。
「随分と準備が良いな?」
「デミトリさんが来たらすぐに渡せるようにって、ギルドマスターが徹夜して準備するのを手伝ったので……」
「……色々と大変な状況なのは分かるが、ダニエラさんもイーロイさんも……それこそほかのギルド職員も無理は禁物だぞ? 誰かが倒れたら余計状況が悪くなるだろう」
「ありがとうございます……でも、色々な意味で今が耐え時なので」
良く見ると、化粧で上手く隠していたみたいだがダニエラの目元に隈が出来ているのが分かる。
今朝冒険者ギルドに立ち寄った時にこの依頼について案内する事も出来たはずだ。そうしなかったのは……。
「……資料を見せてくれ。この依頼を請ける」
「ありがとうございます……!」




