第435話 再会する冒険者達
「ありがとう」
「毎度あり!」
カレイロ商会を出た後、市場まで足を伸ばし軽い昼食を取る事にした。少し行儀が悪いが、久々に出店で買った串焼きを買い食べながら当ても無く市場をぶらつく。
「美味いな」
「……ピ!」
俺だけでなく食べやすいように持ち上げた串から器用に肉を啄むシエルも、香辛料に漬けこまれた独特の香味と歯ごたえのある肉を黙々と食べ始めたため無言になってしまったが、俺達の沈黙を埋める様にそこかしこで行われている商談や客引きの声が聞こえてくる。
メリシアやセヴィラと比べたら人通りは少ないものの市場を行き交う人々は皆活気に溢れ、幽炎の被害に遭ったばかりとは思えない程声を張り上げて客引きをしている商人達の姿は、良い意味「商魂逞しい」を体現している。
「そこの兄ちゃん! コルボを連れてるなんてめずらしいな、アムールから来たのか?」
市場を観察していると、通りかかった出店の店主に呼び掛けられ反射的身構えて足を止めてしまう。
「……ああ、つい最近ボルデに来たばかりだ」
「お! ボルデ名産の芋酒はもう飲んだか? まだなら飛び切りの銘柄を紹介するぜ!」
「あー、すまない。酒はあまり得意じゃないんだ」
「これを機に慣れてみるのはどうだ? 寒さを感じなくなる程喉が焼ける一品で、傷の消毒にも使える優れもんだぜ??」
それは相当度数が高い酒じゃないか……?
「すまない。本当に酒は得意じゃないんだ」
「そうか……ボルデは酒が名産品だからもったいねぇけど、飲めねぇ奴は本当に飲めねぇから仕方ねぇな! 酒が苦手なら燻製肉を売ってる店に寄ってみるのをおすすめするぜ!」
「燻製肉……?」
「ボルデは寒ぃだろ? 冬を乗り越えるために酒の次に欠かせねぇ保存食を、どうせならもっと美味く食えねぇかって色々と試行錯誤してるんだ。本当にうめぇもんからゲテモノまで市場で売りに出されてるから見るだけでも面白いぞ」
限られた食料をやりくりする必要に駆られて生まれた文化かもしれないが、確か前世でも似た様な形で食文化が発達した話を聞いた事があるような気がする。
食に対する追及は、世界が変わっても人の性なのかもしれない。
「確かに面白そうだ。ありがとう、探してみる」
「おう、楽しんできな!」
明らかに俺をボルデの人間じゃないと分かった上で、友好的に接してくれた陽気な店主に軽く手を振ってから再び歩き始める。思えば商会の店員も、串焼を買った出店の店主も普通に対応してくれた。
グラハムの言っていた通り皆が皆過去に囚われている訳ではないか、思う所があっても胸の内に留めて表向きには態度に出さない分別がある人間の方が多いという事だろう。
ボルデに到着して早々に嫌な経験をしてしまったが、少数の人間の思想や行動が目立ってしまうのは難しい問題だな。彼等のせいで『余所者』とボルデの住民の溝が埋まらない状況が続くのはどう考えてもボルデのためにならない。
本当の意味でボルデが幽氷の悪鬼の呪縛から脱したとは言える日は、まだ遠い未来なのかもしれないな……。
「頼むぜ嬢ちゃん。俺も商売でやってんだ。これ以上まけるのは無理だ!」
「え~。そこをなんとか」
「くぅ~! 中々手強いな……三本買ってくれるなら一本百五十ゼルならどうだ!」
「交渉成立だね、はい」
「最初から四百五十ゼルを手に持ってた、だと……!?」
聞き覚えのある声が聞こえそちらに注目すると、ミラベルがほくほくした表情で串焼きを持っている裏で店主が驚愕の表情を浮かべている。
「あ、デミトリも串焼き食べてる」
「久しぶり……と言うには早すぎる再会だな。森での用事は済んだのか?」
「散々な結果だったよ……でも泡銭が手に入ったから、自分へのご褒美でちょっと贅沢してるんだ」
目当ての物が見つからなかったのか……?
「その子は?」
「シエル……だ?」
肩に乗ったシエルが俺の首の横に移動して、体を前にのり出しながら羽を広げ俺の顔を隠す。
「どうしたんだ、シエル?」
「ピ!!!!」
「ふふ、中々賢こそうな子だね。取って食べたりしないから安心して? 私の串焼きが鶏肉だから緊張してるのかも」
「……ピ」
シエルがこんな反応をするのは初めてだ。ゆっくりと翼を畳みながら俺の首にぴったりと身を寄せたシエルを片手で撫でて宥める。
「デミトリってめっし? の魔術士って知ってる?」
「ぐふっ!?」
シエルに気を取られている隙に思わぬ質問をされてむせてしまい、ミラベルが心配そうにこちらに近寄って来る。
「大丈夫??」
「あ、ああ……滅死の魔術士を探してるのか?」
「違うよ? 元々はゆうひょう? の悪鬼って呼ばれてて?? でもボルデを困らせてたゆうひょうの悪鬼じゃなくて? そのゆうひょうの悪鬼をゆうひょうの悪鬼が倒して……ボルデの救世主をゆうひょうの悪鬼って呼ぶのは良くないから、めっしの魔術士って新しい二つ名が決まりそうだけどどう思う? って興奮した客引きの人にさっき熱弁されてちょっと理解出来なくて……」
聞いているだけで頭がこんがらがりそうになるな。ややこしいだけならまだしも、事実と嘘が入り混じって伝わっているのが心配だ。取り敢えずそこから説明してあげるべきだな。
「幽氷の悪鬼を倒したのは、滅死の魔術士ではなくガナディア王国の勇者だ」
「え!? 勇者はガナディアに居るんじゃなかったの!?」
「王都を訪れているガナディア王国の使節団に同行して一時的にヴィーダ王国に来ているらしい」
「そうなんだ……」
勇者に対して物静かな印象が強いミラベルにしては珍しく大きな反応を示したが、何かあるのだろうか?
「うーん……」
「そこの君!!」
ミラベルが何に引っ掛かったのか聞く暇も無く、耳障りな怒鳴り声が聞こえ振り返る。年季の入った長剣を腰に携えた、見覚えのある緑色の長髪男が物凄い形相でこちらを睨みながら近付いて来た。
あれは……嘘だろう、今はメリシアを拠点にしているんじゃなかったのか? 何時の日かちょっかいを掛けて来た冒険者パーティードラゴンクロ―に所属している剣士が、今日は仲間を連れずに俺の前に再び現れた。




