閑話 知らぬ間に上がる評価
ちりんちりん。
滅死の魔術師殿が退店した事を報せる鈴が、まるで素敵な出会いに心が弾んでいるような音を鳴らす。
「店長、もう大丈夫そうですか?」
「ええ」
グラントが恐る恐る店内に入り、私たち以外に誰も居ない事に安堵しながら胸を撫で下ろす。
「あれが滅死の魔術士師様ですか……」
「咄嗟の事だったのに、合図に気付いて裏で待機してくれて助かりました」
商会に訪れたのが誰なのか気づいた後、咄嗟に出した合図にグラントが気付いてくれて助かりました。彼もカレイロ商会で働いてそれなりに長いとはいえ、王族の賓客を相手に接客するのはまだちょっと早いですからね……。
「噂で聞いた話だとガナディアから来て間もないのに、随分と商会での取引に慣れてましたよね? 生家では扱いが良くなかったみたいな話もあったはずなのに、もしかして噂は嘘なんじゃ――」
「止めなさいグラント。そういったはしたない考え方が行動に透けそうだったから、あなたには裏で待機してなさいと合図したんですよ?」
「す、すみません……」
「何度も言いますが止やむを得ず情報収集が必要な時以外はお客様について詮索するのはご法度です」
バツが悪そうな表情を浮かべてグラントが頭を下げてますけど……そんなに反省はしてなさそうですね。
「全く……商人として今の取引を通してあなたが抱いた魔術士殿のお客様としての評価を述べなさい」
「え……えっ!? 僕は裏で待機してただけで――」
「裏で待機していても店内の状況を常に意識しなさいと教えたはずですが?」
「そ、そんな……! いつものお客様ならともかく、時の人が来店した時位もうちょっと軽くお話ししましょうよ――」
『時の人』です、か……世間を賑わせている話題に疎すぎるのも問題ですが、肝心の商人としての本分を忘れてしまうようならグラントが一人前になる道のりはまだまだ先の話になりそうですね……。
「……無駄話に花を咲かせたいなら、先日の誤発注の件について話しましょうか?」
「いや!? それはやめましょう!! そうですね、お客様としての評価……」
全く……。
「えっと、商会での初めての取引はお客様にとっても僕達にとっても今後末永いお付き合いを出来るのかどうか、互いに評価し合う言わば値踏みの会です」
「その通りです」
「そう言う意味では、魔術士殿のお客様としての評価はすこぶる良いんじゃないですか?」
なぜそこでそんな大雑把な評価になるんですか……。
「グラント……すこぶる良いではなく、ちゃんと理解しているのか確認したいので言語化してください」
「え!? んー……? 店長の質問の意図を理解して使用用途について端的に答えた上で、店長に予算を伝えなかったのは紹介される商品の品揃えで僕達を試すためですよね?」
「……続けてください」
「えっと、それで店長が庶民にも手の届く品から貴族御用達の品まで持ってきたのを見て、全部検討してから一番高い品を選んだのも絶対わざとじゃないですか」
「その理由は何だと思いますか?」
「値引きの交渉もせずに店長の言い値で商品を買ってくれたのは、試した事に対する詫びと店長が正規の価格で提供してくれてるって信頼してる意思表示ですよね? 店長が確認した時も『いい品を紹介してくれて助かった』って、今後も良い取引を続けたいって意味で言ってくれたみたいですし」
グラントはやはり打てば響く子ですね……それ自体は良い事ですが、私が誘導してあげなくても情報を頭の中で整理して纏められるようにして上げるのが今後の指導の課題でしょうか。
「ふむ……先日の誤発注で最近気が抜けてないか心配でしたが、ちゃんと勉強してくれてるみたいで何よりです」
「その件は謝ったじゃないですか……」
「良い観察と評価でした。強いて言うなら、退店する前に私の作業の手を止めてしまったことを詫びられた事と包装された商品をそのまま受け取った事も気付いていたら満点でしたね」
「え、なんでですか?」
「裏に回ってもお客様から目を離してはならないと言ったでしょう。魔術士殿は支払いをする際収納鞄からお金を取り出していたでしょう? 商品もそのまま収納すれば良いのに、わざわざ受け取ったのは商品を包装した私への気遣いでしょう」
「あ……」
「それに、グラントもこの商会で働き始めて大分経ったでしょう? どんなに気さくなお客様でも、来店時に我々の作業の手を止めてしまったことを詫びてくれるお客様はなんてほとんど経験したことが無いんじゃないですか?」
「確かに……言われてみればあまりないです」
「客と店員ではなく、人と人。我々は商品を提供してお客様はその見返りに代金を支払いますが、結局の所合意の元取引をしている対等な人間だと、そういう感覚を持ってくれるお客様はそう多くありません」
グラントも苦い思いを何度かしてきたので、思い出してしまったのか顔を顰めていますね……先日も迷惑なお客様の対応に頭を悩ませていましたし。
「いつか自分の店を持つ事を目標にしているんでしょう? 品物の目利きだけではなく、取引する相手を評価する目もちゃんと育てなさい。貴方がどれだけ優れた商才を持っていて、どれだけ品物が素晴らしくても……付き合うお客様と取引相手次第で全てが台無しになってしまうのですから」
「うっ……分かりました……」
今度は相当響いたのか、私の言葉を受け取った様子のグラントが神妙に頷く。態度と行動に考えが透けすぎるのも矯正してあげないといけませんね……。
「……とにかく、今日はグラントにとって良い経験になったはずです。王族の賓客でソロの冒険者として名を馳せ、二つ名まで獲得しているのに全くそれを感じさせずに応対して下さる、そんなお客様に出会えるのは本当に稀ですから」
「そうですね! この前うちの商品について抗議しに来て、二言目には『俺は王都で活躍してる金級冒険者だぞ!』って喚いてた冒険者より全然すごい功績をあげてるのに、威張る気配すらなかったし……ちゃんとしてる人はやっぱり違うんですね」
「グラント……気持ちは分かりますけどお客様の悪口は終業後にしなさい」
「あれ……? 悪口を言うのを止めろとは言わないんですね」
本当は良くない事ですが……。
「……あの方には私もかなり頭に来ましたから。幽炎が発生したらぱたりと商会に来なくなりましたし、王都に帰ってくれてると良いですが」




