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第434話 何事も無い買い物

 ボルデについて説明を終えたグラハムと市場に向かう理由について話していて分かったのだが、俺が期待していた様な所謂文房具屋はやはり存在しないらしい。


 商会なら便箋も手紙を収める封筒も取り扱っているとのことで、グラハムの好意で商業区にある商会まで案内して貰う事になった。


 商会に到着した直後、用事を思い出したと言ってグラハムは元来た道に引き返してしまったが……恐らく対策部隊の本部に引き返して、俺がロッシュとの件を不問にする旨を伝えに行ったのだろう。


 後輩であるメルビンの扱いもそうだが、年長者だからと言う訳ではなくグラハムは根っから世話焼きなのかもしれないな。


「ピー」

「大きな商会だな」

「ピ!」


 シエルと一緒に建物の大きさに感心しながら入口の上に掲げられた看板を見る。


 カレイロ商会、か……クリク草の採取依頼の依頼主と同じ名なのは偶然ではないだろう。


 建築について詳しくはないが、周囲の単純な石造りの建物と比べると凝った装飾が施された扉に、研磨された花崗岩の様な素材で出来た壁が目立つ大きな建物に足を踏み入れる。


 扉に付けられていた鈴が鳴るのとほぼ同時に、カウンターの裏で屈みながら作業をしていた様子の男が流れるような動作で立ち上がった。


「カレイロ商会にようこそ」

「この子は俺がテイムしているコルボなんだが、一緒に入っても問題ないだろうか?」


 俺の肩に止まったシエルを指さしながら確認すると、男は笑みを浮かべて軽く頷いた。


「今は他にお客様がいらっしゃらないので問題ございません。魔鳥が店内に居る事に不安を感じられるお客様がご来店された場合、改めてご相談させて頂く形になってしまいますがよろしいでしょうか?」

「勿論だ」


 先程の一件があったのでシエルの事が心配だったが話の分かる店員で助かった。扉を閉めてからカウンターまで進むと、店員が腕を前で組みながら背筋を正して問いかけて来た。


「本日のご用件は……?」

「手紙を書くための便箋と封筒を購入したい」

「左様でございますか。差し支えなければ、用途をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 用途か……ボルデ一の商会と言われている位だし品揃えも豊富だろう。俺に紹介する便箋の種類を絞りたいのかもしれないな。


「仲間に手紙を出したいんだ。公的な文章でも、恋文でもないからなるべく簡素な便箋と封筒を見繕ってくれるとありがたい」

「畏まりました。少々お待ちください」


 俺の答えに満足した店員が軽くお辞儀をしてからカウンターの奥へと消えて行き、数分もしない内に戻って来た。


「お客様のご要望に沿いそうな便箋と封筒をお持ちしました」

「ありがとう。手に取って確認しても良いだろうか?」

「勿論です」


 まずはカウンターに並べられた便箋を手に持って、一枚一枚確認していく。


 ぱっと見ただけでは気づきにくいが、それぞれ純白から若干黄色味の掛かった白と色が違い、中には書きやすさを重視したのか下線が引かれたものまである。紙の質感も厚みもばらばらだ……少し扱いを誤ったら破れてしまいそうな物も、ちょっとやそっとでは破れない高品質のものまで用意されている。


 そんな便箋の中でも、特に純白さが際立ち下線が引かれてない物に注目する。手触りが滑らかで厚みがある紙で出来ていて、他の便箋と比べて明らかに質が高そうだ。


 一番書きやすそうなため出来ればこちらを購入したいが……。


「そちらをお気に召しましたか? お目が高いですね」

「なんとなく高級な物だとは思ったが、やはり値が張るのか?」

「ご紹介させて頂いた便箋の中では一番高価なものになります。十枚で八千ゼルになります」


 一枚八百ゼルか……今まで読む機会があった本に使われていた紙よりも明らかに質が高いので、量産品ではなさそうだし品質を考慮すれば納得できる値段設定かも知れない。


「この封筒は幾らなんだ?」


 何個か用意された封筒の中で、一切装飾が施されていない代わりに厚く丈夫そうな質感をした封筒を指さすと店員の笑みが深まった。


「お客様は本当にお目が高い、そちらも我が商会が取り扱っている商品の中で特に人気の商品です。便箋と一緒にご購入いただけるのであれば……封筒十枚も含めて、一万四千ゼルで如何でしょうか?」


 一枚あたり六百ゼル……まけてくれている様な言い振りなので、割り引かれていると仮定したら元の値段は便箋と同じかそれ以上かもしれないな……。


「……分かった。こちらの便箋と封筒を十枚ずつ頼む」

「! よろしいのですか?」

「ああ。いい品を紹介してくれて助かった」

「左様でございますか。お支払いは?」

「現金で頼む」

「承知致しました。商品を包装させて頂くのでお支払いのご準備をしてお待ちいただけますと幸いです」


 購入を即決したことを少し驚いていたみたいだが……何も問題が起こらずに購入できるならそれで良い。


 便箋や封筒の相場なんて分からないし、万が一ぼったくられていたとしても……正直大目に支払う事によって平穏を買えると思えばそこまで気にならない。


 仮に値引き交渉を試みて、ここでも口論に発展してしまったら目も当てられないからな……。


「ピー?」

「ずっと静かに待ってくれて、いい子だぞ」


 収納鞄から先程冒険者ギルドで受け取った現金から代金を取り出し、シエルを撫でながら待っていると便箋と封筒を包んでいるとは思えない程しっかりと包装された紙袋を持った店員が再び現れた。


「こちらがお品物になります。ご確認ください」

「……確かに十枚ずつ入っているな。代金はこちらだ」

「一万四千ゼル、確かに受け取りました」

「良い取引をしてくれて感謝する。これで失礼するが……作業を止めてしまって悪かった」

「お気になさらないでください。本日はご来店いただき誠にありがとうございました! またのご来店をお待ちしております」


 わざわざ包装してくれたのにすぐに収納鞄に放り込むのは少し気まずかったので、紙袋を手に取って店員に見送られながら商会を出る。


 そのまま市場に向かって歩きながら、商会から少し離れた位置で紙袋を収納鞄に仕舞った。


「ピ?」

「なぜすぐに仕舞わなかったのか気になるのか?」

「ピ!」

「……あまり気にしないでくれ。そんな事よりそろそろ昼食を取ろう」

「ピー!」

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