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第43話 光神教聖騎士団

 テーブルの上の収納鞄から剣を取り出そうと腕を伸ばした瞬間、両手足の自由が奪われた。どれだけ足掻こうとも、まるで透明な枷を嵌められたかのように動きが封じられている。


「何やってんだ、ホセ?」

「早く火種君を回収して帰ろうよ」


 声の方を向くと、いつの間にか開いていた小屋の扉の前に白銀の鎧を纏った男が二人立っていた。


「糞っ! アリッツ、隷属の首輪はしっかりと点検したんだろうな!?」

「はぁ? 何言ってんだ? メソネロ大司教様お墨付きの呪具に文句でもあんのか?」

「問題があったから確認しているに決まっているだろう!」


 ホセと呼ばれた男が叫ぶ中、魔法を発動しようとするが魔力を上手く操作できない。


「火種君、魔法はそもそも使えないって聞いてるけど今は身体強化も自己治癒もできないから。命が惜しければ大人しくしてね」


 ――何だと!?


「パブロ、勝手に捕虜と喋るな! アリッツ、突っ立ってないで早くポーションを寄越せ!」

「へいへい」


 アリッツとパブロが扉を閉めながら小屋の中に踏み込む。アリッツはポーションを渡すためにホセの元へと歩み寄り、パブロが俺と対面する形でテーブルの席に着く。


 ――クソ、魔力がまったく操作できない……!


「本当にしっかりしてよね。首輪がないと連れてくの面倒じゃない?」

「黙れ!!」


 血だらけで、よく見ると金属の破片が突き刺さったホセの手にアリッツが直接ポーションを掛けようとする。


「馬鹿者! 異物を取り除いてから掛けなければ意味がないだろう!」

「じゃあ抜いてくれよ」

「それが出来たら苦労はしない! 手伝え!」


 溜息を漏らしながら仕方がないという雰囲気でポーションを仕舞い、アリッツがホセと口喧嘩しながらホセの手から異物を取り除き始めた。


 そんな二人をよそに呑気に俺の収納鞄の中身を漁り始めたパブロが、ヴィセンテの剣を取り出す。


「脱走兵って聞いたけど、案外立派な剣を持ってるじゃないか」

「……勝手に触るな」

「ぷっ、『勝手に触るな』だって。怖い怖い」


 パブロが舌を出しながら剣を指先で小突き始める。安い挑発なのに、激しい怒りが湧いてくる。


 ――これは……


 魔力が操作できないせいか、怒りに呼応して膨れ上がる呪力を明確に感じ取れる。魔力と違い、呪力はいま掛けられている術に影響されていないようだ。


「怖い顔しても無駄だよ、僕らが誰だか分かってるの?」

「……知らないな」

「ガナディア出身の田舎者には分からないか。僕らは光神教聖騎士団、君みたいな罪人を裁く正義の番人さ」

「罪人……?」

「そうそう。ヴィーダに仇なすガナディアの悪魔を殺すのが僕たちの仕事なんだ。君は利用価値があるから、すぐには殺さないだけ感謝してよね」


 ゴミを見るような目でそう言うと、パブロはヴィセンテの剣で俺の頬を叩いた。


「いい加減捕虜との私語は慎め!」

「言うこと聞かないとホセのおっさんが煩いから、大人しくしてくれ」


 背後から声が聞こえるが、パブロから視線を外さなかった。


「……三人掛かりで脱走兵一人を攫いに来る臆病者が、それだけ粋がれるのは異能のおかげか?」


 ――急に背後にホセが現れたのも、魔法を封じられているのも、見えない何かに動きを封じられているのも魔法では説明がつかない。


 先程まで嘲笑していた相手に急に煽られるとは思わなかったのだろう。パブロの顔から表情が抜け落ちると、見る見るうちに怒りに染まっていく。


 ――絶対に、道連れにしてでも殺す……!


 聖騎士達に対する殺意と、ありったけの憎悪を呪力に込める。


「……面白い事を言うね。生きてさえいれば多少痛めつけても問題ないんだよ?」

「異能がなければ無能なのは否定しないんだな」


 発言をした直後、首が固定され顔の向きを変えられなくなった。


「ガナディア人はやっぱり野蛮でだめだね。神に選ばれし、異能を授かった僕らに対する口の利き方を教えてあげないといけないね」

「パブロ!」

「落ち着きなよ、殺しはしない。でも『時止めのホセ』と『魔封じのアリッツ』、そして『固定のパブロ』が捕虜に舐められたままじゃ異能部隊のみんなに合わせる顔がないじゃない」

「固定の……ふっ……」

「お前……!」


 煽るつもりもなくつい鼻で笑ってしまったが、パブロの反応からして気にしていたんだろう。立ち上がりこちらに向かおうとするのをアリッツが間に入って止めようとする。


 ――急に小屋の扉が開いていたのと後ろにホセが立っていたのは時を止める異能、魔力を操作できないのはアリッツの異能、そして動けないのはパブロの異能か……一か八かやるしかない。森の中で、掌以外から魔法を放てるか試しておいて良かった。


 アリッツがパブロを宥めようとしている横で未だに治療が完了していないホセが叫ぶ。混沌とした小屋の中で、ズボンのポケットの位置に集中させた呪力を放つ。


「どいてよアリッツ!」

「落ち着け、今はこんなことしている場合じゃないだろ」

「任務を優先しろ! あと早く治療せんか!」


 怒鳴り合う三人組を無視して、固定されてしまった視線を最大限ポケットの方へと向ける。視界の端で、霧状の水がゆっくりとポケット付近から空中に舞い上がっていくのが見えた。


 ――呪力も水に変わるのか半信半疑だったが、予想が当たってよかった。


 放たれた呪力が部屋全体に充満するよう意識しながら、大きく息を吸い込み息を止めた。


 最初に異変が起こったのは、治療のため自分と同じく座っていたホセだった。


「いい加減に……ぐっ……!?」

「「ホセ!?」」


 苦しみだした直後、椅子に座っていたはずのホセの死体が床に転がっていた。肌は赤黒い痣に覆われ、苦しみで見開いた目は白濁としている。


 ――時を止めても息を吸う必要があるし、既に体内に入ってしまった毒が回るのは止まらないと踏んでいたが上手くいったみたいだな。


 毒霧に触れた肌が痛み始めたので目を閉じる。


「何が……あっ……!?」

「あっ……がっ!!」


 程なくしてアリッツとパブロが倒れ、床の上で痙攣し始めたのが聞こえた。二人が倒れたのとほぼ同時に体と魔力の自由を取り戻し、目を開き涙で滲む視界の中何とか扉まで辿り着き小屋を脱出した。


 小屋の前で深呼吸してから目元を拭うと、赤い発疹に覆われた腕が視界に入る。


 みっともないがその場でズボンを脱ぎ、ズボンのポケットに触れていた太ももを確認すると赤黒い痣が出来ていた。酷い有様だが、意外なことにそれ以外は体に別状がなかった。


 ――もうズボンの代えが無いな……


 どうでも良いことを考えながら小屋の前の倒木に腰を掛け、アリッツとパブロの暴れる音が聞こえなくなるまで待つ事にした。

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白銀の鎧で小屋の修理代になるかな?
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