第432話 無機質な都市
「ロッシュの馬鹿のせいで迷惑をかけてしまって申し訳ない」
「グラハムのせいじゃないだろう……気にしないでくれ」
グラハムの発言を聞いた野次馬達が散って行った後、顔面蒼白になったロッシュと呼ばれた男には一応謝罪された。
俺の対応も良くなかった事に加えて、これ以上冒険者ギルドとボルデの住民の溝を深めてしまってはイーロイに申し訳ないと思い、謝罪は受け入れる事にした。
俺が女性を突き飛ばしたと言ったり、シエルが周囲を威嚇していたような虚偽の発言は本来許されるべき事ではない。一応その点については別途注意しようと思ったが――。
『滅死の魔術士様だったんですね! 私、ルシルって言います!』
額から血を流してしまわないかと心配になるほど深く土下座をしたロッシュの横で、それまで魔物呼ばわりしていたシエルなど眼中にないとしか思えないほど明るく俺に自己紹介をしてきたせいで、指摘する機会を失してしまった。
ロッシュとの対比で余計に不気味さが際立ったルシルに俺が引いているのに気付いてくれたのか、すぐにグラハムが俺をその場から離してくれて事なきを得たが……。
「グラハムも忙しいだろう? 余計な案内をさせてしまって悪い」
「問題ありません。私も今回の対策部隊での任を終えて、セヴィラに戻る準備をしていた所なので」
感慨深げにそう呟いたグラハムが、白髪交じりの髭を撫でながら微笑んだ。以前話した時、幽炎対策に駆り出されるのは三度目と言っていたが……ようやく幽炎から解放された事を心から喜んでいるみたいだ。
「デミトリ殿には感謝しなければいけません。私はもう老いていますし、三度目の正直で今度こそ生還できず幽炎に倒れる覚悟をしていたので。いずれにせよ老い先短いかもしれませんが」
「縁起でもない事を言わないでくれ……セヴィラに戻ったら辺境伯邸で庭師を続けるんじゃないのか?」
「メルビンを一人前に育てるまでは続けるつもりなので、辞められるのは何時になるのやら……」
死期を悟ったような発言とは裏腹に希望に満ちた活き活きとした様子と、目じりに皺を作りながら後輩の事を語るその姿は、未来に悲観している男の物ではないので一安心する。
「市場に着くまで少し掛かります。せっかくなので、この機会に少しだけボルデについて説明してもいいでしょうか?」
「え? ああ」
「デミトリ殿は、ボルデの住民がやけに短気だとは思いませんか?
「んっ!?」
いきなり核心を突いて来たグラハムの言葉にむせかける。率直に言えばそうとしか言いようが無いが……俺も最近本調子ではないし流石に答え辛いな。
「少し、感情的になりやすいと言うか……余所者に対して排他的な印象を受けたな」
「やはりデミトリ殿もそう感じられましたか……ボルデの住民の多くが良く言えば仲間思いで、悪く言えばボルデの外から来た人間に対して心を許さない者が多いです。勿論全員がそうではないですし、人によって程度は違いますが」
幽氷の対策部隊に所属しているとは言えグラハムはアムール王国の出身だ。『余所者』の立場を理解した上で、俺に何か伝えたいのかもしれない。
「……それは幽氷の悪鬼のせいなのか?」
「端的に言ってしまえばそうですが、本質はそこではありません。そうですね……デミトリ殿はボルデの街並みを見てなにか感じませんか?」
良く言えば機能性を重視した石造りの家屋が多いが……こう言ってしまったら失礼かもしれないが、質実剛健で無骨な建物の作りはグラードフ領に似ているな。
兵舎のようなギルドもそうだが、人が住む街と言うよりもの街全体がの都市の中心に鎮座する堅牢な城塞の一部のような無機質さがある。
「都市として栄えていると言うよりも、防衛拠点としての機能に特化している印象を受けるな」
「その通りです。国境沿いの防衛拠点としての機能だけでなく、幽炎を塞き止める防波堤としての役割も求められてましたから」
「そうか……」
「なにか引っ掛かっているようですが……?」
「似たような立ち位置のはずのセヴィラを訪れた際は、そんな印象を受けなかったのが少し気になった」
「セヴィラ出身の私が言うのもなんですが、アムール王国は少し特殊ですからね……城塞都市に情熱区域を設定している国は、大陸中でアムールだけでしょう」
そう言われると何も言い返せなくなってしまうな……アムールの特殊さについてはここ数カ月嫌と言う程実感して来た。




