第431話 一歩進んで二歩下がる
人間関係に関して疎い俺でも、俺がヴァネッサ達と会わないようにエリック殿下や王家の影に気を遣われているのは分かる。
俺達の事を思っての行動だろうからその気持ちを無下にしている様で申し訳ないが……このまま放置するのは流石に気持ちが悪い。
エリック殿下の許可なくヴィラロボス辺境伯邸で好き勝手な行動は出来ないが、シエルに協力して貰い手紙をヴァネッサ達の泊まっているナタリア様の部屋に届ける位なら……万が一ばれても許してくれるだろう。
そんな軽はずみな考えで行動を開始したのは良いが――。
「前世の文房具屋のような、筆記用具や便箋が纏めて売りに出されている店があるのかが問題だな……」
「ピヨ?」
一応収納鞄にはカテリナが残してくれた筆記用具があるので、羽ペンとインクを買う必要はない。
メリシアで情報を纏めるために買ったノートもあるので、わざわざ便箋を買わずとも紙もあるにはある……ただ、何日も会っていない上に久々の連絡がノートから破った紙に書かれた手紙なのは、何となく心証が悪そうだと思い便箋を買う事をにした。
「カミールの話だと市場から少し歩いた所に商業区があるはずだ。市場で目当ての物が見つからなかったらそっちに向かおう」
「ピ!」
「……今更だが、便箋を買える店を知らないかダニエラさんに聞けば――聞きに戻るなら今からでも遅くないな」
「ピ?」
「シエルにとって参考になるか分からないが、思い付きで行動するとこうなると言う反面教師にしてくれ」
シエルと話しながらギルドの方に振り返ると、怪訝な表情で未だにこちらを睨む人間が居る事に気付く。
この距離ならシエルとの会話も聞こえないだろうし、ただぶつぶつと独り言を喋りながら歩いている冒険者にしか見えないだろう。客観的に見れば不審者のような行動に映るのは理解できるが……そこまで冷めた視線で観察しなくても良いのではないかとも思う。
幸い俺の後を追って来る気配は今の所ない。ここに留まっていても良い事は無さそうだしさっさとこの場を離れよう。
「ピ?」
「なんでもない。やっぱり冒険者ギルドに戻るのは止め――」
念のため周囲に張っていた霧の魔法の中に誰かが侵入してきたのを察知し、言葉を止めてその場から飛び退く。
「きゃっ!?」
着地してから元々立っていた位置に視線を戻すと、三角巾と割烹着にしか見えない服を身に着けた女性が尻もちを付いている。
前世でしか見た事がない服装に驚いていると、ヒエロ山で出会った対策部隊と同じ装備を着た男性が未だに立ち上がれていない女性の元に駆け寄って来る。
「ルシル、大丈夫か!?」
「う、うん……でも、ま、魔物が……!!」
「てめぇ、街中で魔物を連れて何考えてやがる!!」
「ちっ……」
「ピー? ピ!!」
「!! ありがとうシエル、もう大丈夫だ」
シエルの鳴き声を聞いて我に返る。
男の態度は失礼だったが、ここまで簡単に頭に血が上ってしまうのは流石におかしい……今までは似たような状況に陥っても、舌打ちを漏らすような未熟な真似はした事がなかった。
「無視してんじゃねぇ!!」
「ど、どうしよう!? みんなのために作ったお菓子が……」
喚く男を無視して女性の周囲を良く見ると、焼き菓子が道に散乱している。
「ボルデが大変な時期に街中で魔物を連れ回して、ルシルが作った菓子を台無しにしやがって!! どう責任を取るつもりだ!!!!」
落ち着け……いつの間にか野次馬に囲まれているし、これ以上騒ぎを大きくするのは得策じゃない。
「……シエルは俺がテイムした仲間だ。冒険者ギルドで登録も済ませている」
「そんな事――冒険者ギルドの登録だかなんだか知らねぇけど信用できる訳ねぇだろ!!」
「そうだそうだ!」
「見かけない顔だけど、あの人冒険者ギルドから出て来たしボルデを見捨てた冒険者じゃない?」
野次馬まで参加して……このままだと収拾がつかなくなるな。
「面倒だ……さっきから威勢よく吠えているが、魔物と魔獣の区別がつかないのによく対策部隊に入れたな」
「ピ?」
「それに俺がボルデを見捨てた冒険者だと叫んだ輩が居たが……仮にそうだとしたら、幽炎が発生する前に街中でシエルを連れ歩いてる所を目撃されているはずだ。論理的に考えたらあり得ない事だと分かりそうなものだが……」
「「「「!?!?」」」」
「ピ!? ピー!!」
「どうしたシエル? ……あっ」
先程まで叫んでいた男が、顔を真っ赤にしながら俺を睨んで震えている。
「……すまない。最近シエルと二人きりで話す機会が多くて、つい考えていた事を口走ってしまった」
「ふざけんな!!!!」
ありのまま伝えて謝ってみたが、火に油を注いだだけだな……。
怒り狂った様子で地団太を踏む男と、俺達を囲みながら睨みつけてくる野次馬の対処を必死に考えていると、野次馬たちを掻き分けて誰かがこちらに近付いてきているのが見えた。
「ロッシュ、何の騒ぎだ!?」
「隊長!」
あれは……。
「こいつがルシルを突き飛ばして、魔物で威嚇し――」
「デミトリ殿!?」
「久し振りだなグラハム」
険しい表情をしていたグラハムが、俺の顔を見て一瞬呆けた後今度は顔面が真っ青になる。
「お前達はボルデの恩人相手に何をしているんだ!!!!」
「「「「えっ!?」」」」
グラハムの一喝は魔力が乗っていたのかかなりの迫力で、それを向けられたロッシュと呼ばれた男だけでなく野次馬たちからも声が漏れ出る。
「ぼ、ボルデの恩人って――」
「デミトリ殿がお前の会いたがってた、対策部隊を救って勇者と幽氷の悪鬼を討伐した滅死の魔術士様だ!!」




