第427話 エリック殿下流裏工作
「うーん……イーロイさん。今回の件についてギルドの本部に報告義務はあるけど、ボルデの冒険者ギルドのギルドマスターとしてそれ以外の決定権とある程度の裁量はあるって認識でいいかな?」
「あ、はい!」
「こういう問題は初動を間違えると厄介だから……デミトリと冒険者達の間で問題が起こった事が公の事実になるのが時間の問題なら、あまり悩んでる暇はないね。イバイ」
「はっ」
殿下の背後で控えていたイバイが一歩前に踏み出る。
「デミトリ達が到着するちょっと前に、王家の影が報告したい事があるって言ってたけどこの件の事かな?」
「はい。イーロイ殿の説明は王家の影から報告された内容と等しかったです」
「ありがとう。こちらの陣営の人間が事情を把握しているなら話が早くて助かるよ。やっとヴィーダ王国に戻って来て、休暇をあげるって言ったばかりなのに申し訳ないけど……ニルを呼んできてくれない?」
「承知致しました」
「一体何を――」
イーロイが目を丸くしながら部屋を出て行くイバイを見つめ、困惑気味に零した言葉をエリック殿下が拾う。
「噂話って火が付いたら鎮火するのに苦労するでしょ? 逆に言えば燃え広がった噂はそのまま放置したら事実として受け入れられる。それを逆手に取って僕達に有利な噂を流布するんだ」
ニルを招集したと言う事は、エリック殿下は王家の影に動いてもらうつもりなのか。
「……勝手に決めちゃったけどそれでも良いかな、デミトリ?」
「当事者なのに無責任かもしれないが……俺は元々エリック殿下とイーロイさんが最善だと思う案に乗るつもりだった。逆に任せてしまったも良いのか?」
「勿論だよ! デミトリは僕らの事を心配して色々と相談に乗ってくれてるけど、今回の件も最終的には僕とイーロイさんが対処法を決めないといけない事だし」
俺が問題の原因なのでそこまで責任を取って貰うのは正直申し訳ないが……そう言って貰えるのは頼りになるな。
「イーロイさんもそれで良いかな?」
「あ、えっと! どんな噂を流すのかにもよる、ます!」
「それは当然の疑問だね。何も難しい事はするつもりはないよ? デミトリにちょっかいを掛けた冒険者を助ける形になっちゃうのはちょっとやだけど、基本的には事実を広めるだけだから」
「え?」
「冒険者達がボルデを愛するあまり、ボルデを見捨てた冒険者だと勘違いしてきつく当たった相手が幽氷の悪鬼を倒したデミトリだった事。デミトリの情けで無傷で解放されたけど、ギルドの規則を破った罰としてギルドに報告された事。ボルデの恩人に対して不義理を働いた冒険者達をイーロイさんが厳しく罰しようとしてる事。全部包み隠さず広めるんだ」
「そんな事をしたら……」
イーロイが困惑しているが、事実にほんの少しの嘘を混ぜるのが人を騙す時に効果的だと前世で聞いたことがある。わざわざ噂として事実を広めるつもりなら、エリック殿下も何か考えがあるはずだ。
「もちろんそれだけじゃないよ? 冒険者達の事情を聞いたデミトリが故郷を愛するあまりに犯した愚行なら更生の余地があるって判断して、王家に今回の件は冒険者ギルド預かりにして欲しいってお願いしてる事にするから」
「それだと王家が賓客に対して無礼を働いた冒険者に厳罰を求めない理由付けは出来るが、冒険者ギルドの立場が余計難しくならないだろうか?」
「うぐっ……」
イーロイが目に見えて具合が悪くなっているように見えるが無理もない。
冒険者ギルドが決めた冒険者達の処遇次第で、住民からのギルドに対する評価が大きく……それこそ取り返しがつかない程悪く変わる可能性がある。
「うん。だから冒険者達がデミトリの正体を知って死ぬほど後悔してて、どんな罰も受け入れるって言ってるって噂も一緒に流すんだ。実際反省してるのかどうかは分からないけど……」
「冒険者達が反省している程度でどうにかなるのか……?」
「そこは正直に言うと分からないよ。だから冒険者達の処遇は、ある程度噂が広がった後に住民の声を集めてから決めたいんだ」
「……民意を確かめるってこと、ですか?」
「うん。ボルデの恩人であるデミトリが更生の余地があるって言ってて、本人達も反省してるなら、冒険者証の剥奪が妥当って意見に民衆も落ち着くと思う……」
それ以上話題を広げるのをエリック殿下が止めてしまったが、民意がどう動くのかなんて完全に予測する事は不可能だ。
王族として教育を受けて来たエリック殿下が何とかなると判断して、イバイも殿下を止めずに計画をすんなりと受け入れた事から成功する可能性の方が高いとは思うが……。
「分かりました……! どの道、エリック殿下と王家の影の協力が無くても俺はギルドの長としてあいつらの冒険者証を剥奪するつもりでした。少しでもギルドの評価が上がる可能性があるなら、俺は殿下の案に乗ります」
「ありがとう! それじゃあイーロイさんには一番重要な、冒険者達が謹慎中に余計な事を言わないように口止めをするのと、実際に反省するように言い聞かせるのを任せたいんだけど――」
「任せてください!!」
「俺はどうすれば……」
「デミトリは依頼を終えたばかりで疲れてるでしょ? 言い方は悪いけど、裏工作の段取りとかは僕達に任せて休んでて良いよ!」




