第425話 苦労人
「すまない、自覚が足りていなかった……」
自分は特殊な立場だと言う事は理解していたつもりだ。それなのに、アルフォンソ殿下の賓客と言う立場を忘れていた事に頭を抱えたくなる……。
今回のような事が、自分だけではなく周囲を影響する事について人一倍注意すべき立場なのに『失念していた』では言い訳にすらならない。
「気を落としてるみたいだが何か勘違いしてないか? 殿下の賓客の立場を利用して威張ったりしてたら問題だけどよ、そんな事を考えた事すらなく今まで自然体で過ごしてたって事だろ?」
「……好意的に解釈してくれればその通りだが――」
「解釈じゃなくて事実だろ? 変に態度を変える必要はねぇよ……今回の事を機に自分の影響力を忘れず、次また何か問題が起こったらその時はもう少し冷静に対応できるようになりゃ良いじゃねぇか」
急激に負の感情に傾こうとしていた思考がイーロイの理解のある言葉のお陰で落ち着いていく。
「……ありがとう」
「そんな感謝されるような事は言ってねぇって。いずれにせよ元気が出て良かった……ただ、気を持ち直してくれた直後で申し訳ねぇけど俺が心配してたのはそれだけじゃねぇんだ」
「まだ何かあるのか?」
「デミトリは長年ボルデを悩ませてきた幽炎と、幽氷の悪鬼の討伐にめちゃくちゃ貢献してるだろ? そんな人間に冒険者がちょっかいを出したって聞いた時ボルデの住民がどう思うのか想像してみてくれ」
イーロイが胃が痛そうに腹を摩っているが、実際今回の事が知れ渡ってしまったら外聞は良くないだろう……。
「……すまない! 馬車の行き先をヴィラロボス辺境伯邸に変えてくれ!」
「え!? イーロイさん、いいんですかい??」
「デミトリ?」
急に声を張り上げて御者台に聞こえる様に叫んだ俺をイーロイが呆けた顔で見ているが、一刻の猶予も無い。
「俺の事を信じてくれ」
「……分かった、ポールさん!頼む!」
「あいよ!」
心なしか速度の上がった馬車の中でイーロイが見るからに困惑した様子で話し掛けて来る。
「説明してくれるか?」
「エリック殿下とすぐに話した方が良い」
「それは、俺もそう思ってるがそこまで急ぐ必要は――」
「今回の件についてどこまで把握しているのか分からないが、少なくとも俺がボルデを出るまで王家の影が遠くから見守られていた。依頼にはついて来なかったみたいだが……ボルデに残った王家の影が情報収集をする傍ら、今回の件に付いて把握していたら殿下に報告している可能性がある」
「!?」
「エリック殿下が俺と事実確認を終える前に動くとは思わないが……とにかく殿下と話すのが最優先だ。ヴィーダ王家が俺への非礼を理由にあの冒険者達に厳罰を求めたら、言い方は悪いがボルデの住民の冒険者ギルドに対する心証は最悪になってしまうだろう?」
「ぐっ……デミトリの言う通りだ」
「それは俺の本望ではないし、ボルデの混乱が一早く収まるのを願っていたエリック殿下の望みでもないはずだ……これ以上自体がこじれてしまう前に話し合った方が良いと思う」
「分かった……覚悟はしてたが、また王族と話し合いか……」
再び腹を摩り出したイーロイがあまりにも不憫だったので収納鞄からアルセに渡されていた胃薬を取り出す。
「それは……?」
「友人が愛用している胃痛薬だ。必要になるかもしれないと分けて貰ったんだが……良かったら飲んでくれ」
「飲みてぇけど、デミトリを迎えに来る前に薬を飲んだばかりだから遠慮する。気持ちだけ受け取らせてくれ、ありがとう」
……そこまで追い詰められていたという事は、他にも問題が起こっていたのか? 初めてイーロイと出会った時に受けた印象……メリシアで知り合ったジゼラと違い、ギルドマスターとしての威厳はあるものの纏っている空気が何となく違う印象を受けたが……。
「……苦労しているんだな」
「それを付き合いの短ぇデミトリに気付かれてる様じゃギルドマスター失格だな……やっぱり先代と違って俺は――」
「ギルドマスター!!」
急に御者台から大声が聞こえてイーロイと共に硬直する。
「間もなくボルデに到着します」
「……分かった。報告ありがとう、ダニエラ」
バツが悪そうに頬を掻くイーロイの背で、御者台を望む窓の奥からこちらを心配そうにのぞき込む受付嬢の姿が見える。
「……イーロイ。俺が言うのもなんだが、俺が出会ったギルドマスターの中ではイーロイが一番話しやすいぞ?」
「ふ……誉め言葉として受け取っとくぜ」
下手な慰めだったが少しだけイーロイの表情が和らぐ。
「にしても……あんまり弱音は吐きたくねぇけど流石に参っちまうよ。幽炎が発生した時、幽炎の被害ばかり危惧してたのに全く関係ない事でこんなにぐちゃぐちゃになるなんて思わなかった……」
「その……冒険者達が避難したのはイーロイの責任じゃないと思う」
「そう言ってくれるだけでありがてぇよ」
……感謝の意を示しているが、素直に俺の言葉を受け止めてくれた訳ではなさそうだな。
「ボルデの住民達の怒りはそれほど激しいのか?」
「デミトリに突っかかった冒険者達みたいに、『裏切られた』って怒りを行動や言動に表す奴らが目立っちまってるけど……全員がそうとは思わねぇな」
「彼等の声が一番大きいと言う事か」
「そう言うこった。勿論、言葉にしないだけで静かに胸の内に恨みを潜めてる奴らも居るけどよ……思う所はあっても、逃げられるなら逃げ出したくなっちまう気持ちを理解できる人間も少なくないと思う」




