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第42話 毒されていく精神

『モータル・シェイド

 生への未練を持った悪人の亡骸が強力な呪力に晒された際、稀に誕生する幽霊型の魔物。 

 亡骸に染み付いた悪人の生への執着と、死ぬ間際に呪った世界に対する憎悪に染められた呪力の塊。

 主な攻撃手段は自身を構成する呪力を圧縮して放つ呪弾と、触れた対象を呪い命を刈り取る呪殺の霧が確認されている。

 実体を持たない呪力の塊のため聖属性の魔法、或いはその効果を付与された武器がなければ討伐は難しい。モータル・シェイドは自身の亡骸から離れられないため、攻撃手段を持っていない場合は逃げてしまうのが得策だ』


 先程倒した魔物の姿描と共に綴られた内容に目を通して本を閉じる。


 考える事が面倒になり、そのまま眠りについた。





――――――――





 ヴァシアの森で二日目の朝を迎え、モータル・シェイドの亡骸を埋葬し直した。いくらあの本に書いてあった通り元が悪人だったとしても、放置してしまうのは気が引けた。


 ――発生したのは、俺のせいだろうしな……


 自分はクリスチャンに言われた通り、本当に呪われているんだろう。突然発現した魔法をこれまで上手く扱えなかった理由も、魔力に呪力が混ざってしまっていることが原因だとほぼ確信している。


 ――実際、()()()()()()()()()のがその証明だな。


 掌の上に浮かび上がらせた水球を、沼地の端の木に放つ。水球が着弾した木の幹が千切れ、時間差で木が倒れる。


 ――魔力を操作する時、呪力も意識して呪いを込めるのが正解とはな……


 モータル・シェイドに魔法を放った時、度重なる理不尽に対する怒り、運命に対する恨み、そしてモータル・シェイドに対する殺意を抱いていた。結果、今までとは比べ物にならないほど簡単に強力な魔法を発動する事が出来た。


 本に記載されている情報と、黒い霧を食らった際に流れ込んできた呪詛。もしやと思い試してみたが、モータル・シェイドを真似て呪いを込めながら魔法を発動したらいとも簡単に水球の生成に成功した。


 『実体を持たない呪力の塊のため聖属性の魔法、或いはその効果を付与された武器がなければ討伐は難しい』と書いてあったが、呪力の塊であるモータル・シェイドに呪力の混じった魔法が通用したのだろう。


 ――もう……色々と考えるのが面倒だ……


 本来であればあの不思議な本の事や呪いの事など色々と考えなければいけない。だが呪力を込めて魔力を操作し始めてから、この世に対する呪詛が心を埋め尽くしてしまい考える余裕がない。


 胸の内に渦巻く呪詛が呪力に馴染んだおかげか魔力の暴走はかなり落ち着いたが、まだ完全に制御出来たとは言い切れない。定期的に魔力量を調整するために魔法を発動しながら、考えるべき事から逃げるように宛てもなく森の中を歩く。


 生き物の気配のない静かな森の中を進みながら、魔法で水流や水球だけでなく水槍、水壁、霧など思いつく限りの事をひたすら試しながら頭を空にした。


 ――あれは……


 しばらく歩いていると樹齢百年以上ありそうな大樹の洞の中に、場違いな程鮮やかな青色の何かがあるのが見えた。近寄って確認すると、樹の洞の中心には渦を巻く五つの空色の花弁とは対照的に毒々しい紫色の花柄をした一輪の花が咲いていた。


 ――ヴィーダ王国にもあるのか……


 苦い記憶を思い出し顔を顰める。


 ――色合いと毒性は全く違うが、改めて見ると前世のキョウチクトウに似ているな……


 鑑定の儀式を受けるよりも前、まだグラードフ家の屋敷に住んでいた頃にこの花の毒で死にかけた事がある。


 イゴールから『珍しい紅茶が手に入ったから一緒に飲もう』と誘われ、何か良からぬことを考えているのは感付いていたが家での立場上断ることが出来なかった。


 食堂まで案内されると、テーブルの上に置かれた花瓶にこの花が飾られていた。片手で花柄を抑えながら、もう片方の手でナプキン越しに器用に花弁を一つ掴み取ったイゴールが、花弁をそのまま紅茶の注がれたカップに入れて渡してきた。


 ――飲んだ後の事は覚えていないが……昏睡状態から覚醒した時のイゴールの様子からすると、さぞ面白おかしく苦しんだんだろうな……


 『急に息を止めて陸に打ち上げられた魚のように床の上で暴れ出したから、美味しい紅茶のお礼にデミトリなりに私を楽しませてくれようとしたんだと勘違いしてしまったよ。まさか毒だったとは!』


 寝たきりの自分を見下ろしながら、イゴールは満足するまで愉快な思い出について繰り返し語った。その後、回復するまで一カ月ほどグラードフ家の専属医に余計な仕事を増やすなと愚痴られながら寝たきりで過す事になった。


 手を伸ばし、花弁に触れないよう気を付けながら花を摘み取る。


 ――……使えるかもしれないな。


 花を持ちながら小屋へと引き返す。


 小屋に到着した後テーブルの上に花を置き、収納鞄から元はチュニックだった端切れとカテリナ達が料理に使っていたであろう岩塩の入った巾着袋を取り出した。


 岩塩を収納鞄に戻し、端切れで指を保護しながら毒花の花弁を丁寧に摘み取って空になった巾着袋の中に仕舞った。念のため指先で巾着袋の布越しに花弁を触ってみたが、肌が荒れたり体調を崩すことはなかった。


 絶対に安全とは言い切れないが、取り敢えずは満足のいく出来となった毒袋をズボンのポケットに忍ばせる。


 ――なんでこんなものを持ってるのか聞かれたら……その時はその時だな。


 事情を話せばジステインは理解してくれるかもしれないが、今の自分にはそこまで心配する余裕がない。とにかくまた何者かに襲われた時に備えて、生き残るための手段が一つでも多く欲しい。


 ――開戦派も、呪いも、神の使いも何もかも関係ない。楽に死んでやるつもりはない……


 そんな事を考えていると、突如首元で何かが砕け散り金属製の破片が辺りに飛び散った。


「ぐぁあ!?」


 突然の出来事と叫び声に驚き振り向くと、血まみれの両手を自分の首の高さで掲げている男と目が合った。

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