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第421話 似て非なる物

「本当にこれとこれは違う薬草なのか……?」

「全然形が違うでしょ?」


 形が全然違うだと……?? 手に持った二つの薬草を必死に見比べていると、ミラベルがこちらに寄って来た。


「茎の太さと葉先の形も……ほら、右手に持ってる薬草よりもギザギザしてる所が左手に持ってる薬草の方が丸みを帯びてるでしょ?」


 言われてみれば違うような気がするが……。


「左手に持ってる薬草の葉は表面の光沢も鈍いし、地面から引き抜いた今なら一目瞭然だけど根の張り方も違うよね?」

「……確かに、こちらの薬草の方が根が細長くて多いな」

「一回採取したら埋め直すのが難しい薬草も多いから、根っこで判断するのは最終手段だって考えてくれると嬉しいな」


 一番見分けが付くのが根っこだったので、手当たり次第に薬草を掘り起こせば何とかなるかもしれないと抱いた僅かな希望を早々にミラベルの指摘で打ち砕かれる。


「こんな繊細な違いを一目見ただけで見分けられるなんて凄いな……薬草学は奥が深いんだな」

「意外な反応だね。冒険者は薬草学を軽視する人が多いし、デミトリも全然採取に慣れてないから薬草学に無関心なんだと思ってた」

「命を預けているポーションの生成に関係する学問だ。軽視するつもりは一切無いが……今まで関心が低かったのは事実だ。基礎だけでも良いから学んだ方が良いと今は思っている」

「ふふ、そっか! ……あ、あれ――」

「!? ミラベル、俺に掴まれ!!」


 俺達が薬草を採取していた岩に激突した巨大な山羊の様な魔獣を見下ろしながら、咄嗟に宙に浮かべた氷の足場からミラベルが振り落とされない様に掴んでいだ彼女の腕を離す。


「メェエエエエエエ!!!!」

「うわ~、ありがとう」


 急に宙に浮かんだ事に一切動揺した様子を見せないミラベルが、俺の上着の裾を掴んだまま俺達の下で暴れる魔獣を見ようと足場から身を乗り出す。


「危ないから気を付けてくれ。それにしても余裕そうだな……一人で避けられたか?」

「うん、でも助けて貰って悪い気はしないよ?」

「メェエエエエ!!!!!!」


 見失っていた俺達が頭上に居る事に気付き、頭を上げた魔獣の異様な面相を見て首筋に悪寒が走る。


 いつか出会ったアビス・シードと似た針金状の牙が敷き詰められた円形の口越しに、どこを見ているのか分かり辛い横長の瞳孔をした瞳が血走っているのが見える。


「チュパ・カブラなんて久々に見た」

「チュパカブラ……!?」


 前世だと山羊の血を吸う未確認生物の名称だったはずだが……。


「……あれは山羊の魔獣じゃないか?」

「そうだよ。変な口の形をしてるでしょ? あの口で噛り付いた草木から栄養を吸い取るんだけど、噛みつかれたら血をちゅーちゅーされて結構痛いよ」

「あの牙は結構痛いで済む様な大きさじゃないだろう……」


 体長二メートルはある山羊の魔獣……チュパカブラという名称は、確か直訳すると「山羊を吸う」という意味だったはずだが、この世界だと「吸う山羊」の化け物と言う事か?


 スレイプニルもそうだったが、前世の記憶や情報とこの世界に存在する魔獣には微妙な差異があるな……。


「メェエエェエエエエ!!!!」

「草食獣なのに妙に攻撃的じゃないか?」

「主食が草木なだけで雑食だからね。お腹が空いてるんじゃない?」

「面倒だな……俺達の事を獲物と認識しているのか」

「どうしよっか? ちなみに、チュパ・カブラが出てくる前に言い掛けたけどあそこにクリク草が生えてるよ」


 ミラベルが指差した先に大きな岩があり、その上に根を張る薬草が見える。良くこの距離でクリク草だと分かったな……。


「戦闘は得意か?」

「ん~、あんまり得意じゃないかな」

「分かった。俺が飛び降りてチュパカブラをどうにかする。氷の足場は近くの木に移動させるからそこで避難していてくれ。もしも俺が死んだらそのまま逃げても良い」

「了解」


 手短に作戦会議を終え、浮かばせていた氷の足場から飛び降りる。チュパカブラの背後に着地したおかげで、飛び降りた俺の事を視線で追っていたチュパカブラの死角にミラベルが入り、気付かれない内にさっさと足場を移動させた。


「メェエエエエ!!」

「また突進か」


 戦闘が得意ではないと言っていたミラベルの安全を確保できたため大分精神的な余裕を取り戻せた。突進して来たチュパカブラの攻撃を横に飛び退いて避けながら、レオから教わった事を思い出す。


『未知の魔物や魔獣と遭遇した時、肉弾戦が通用するか判別する方法は簡単よ! 隙をついて全力で殴るの! そのまま死んだら倒せる、動きが鈍ったり分かりやすく怪我をするか痛がったら多分倒せる、目に見えた効き目が無かったら諦めればいいわ!』


 ……取り敢えず殴ってみるか。


 避けられた後も走り続けて俺の背後にあった樹木に衝突したチュパカブラが体制を整える前に接近し、全力で身体強化を掛けながら首元を殴る。


「メッ!?」


 不意を付いた攻撃で呼吸が乱れた様子のチュパカブラが、そのままひざを折って立ち上がれなくなる。足を震わせながら不気味な角度で首を固定して呼吸しようと藻掻くチュパカブラを眺めながら次の一手を考えるが、どうしていいのかが分からない。


 攻撃はかなり効果的だったように見えるが、チュパカブラについて何も知らない為正直判断が難しい。レオの教えの通り動くなら、このまま徒手空拳で倒せるのか試してみても良いが……。


「ミラベル」

「どうしたの?」

「チュパカブラは強い魔獣なのか?」

「いやぁ? 草食獣だし、そこまで強くないと思うよ」


 そこまで強くない、か……戦うのが苦手と言ったミラベルがそう評したのに一撃で仕留められないなら、油断しない方が良いかもしれない。

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単純明快な判別方法w
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