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第418話 久々の依頼

 ――あれがボルデの冒険者ギルドか……。


 メリシアやアムールの王都で訪れたギルドと違い、兵舎を彷彿とさせる石造りの建物の扉の上に見慣れた冒険者ギルドの紋章が刻まれている。


 それなりに人通りが多い道沿いに建っているのにギルドの周囲だけ人が避けて通っているかのような空間に違和感を感じつつ、ギルドに向かって歩を進めると視界の端で誰かが立ち止まったのが見える。刺すような視線をこちらに送っている人物に気付いて、周囲の人間もこちらの方を見始めた。


 ――……さっさと入ってしまった方が良さそうだな。


 冷ややかな視線を向けられているのを意識させられながら、冒険者ギルドの扉に辿り着くのと同時に開いて建物の中へと踏み入った。


 真っ先に覚えた違和感はギルド内の静けさだった。


 日が昇り切っているのに冒険者がまるでいない。受付の横にある酒場の席も空で、あても無く無人のテーブルを拭いていた給仕と目が合ってしまった。


 慌てて視線を外して作業に戻ったが、誰かがギルドに入って来ただけでそちらを見てしまう程ギルドが閑散としているのは異常事態だろう。


 気を取り直してギルドの入口から一番近い受付に向かうと、恐る恐ると言った具合で受付嬢が話し掛けてきた。


「冒険者ギルドへようこそ、本日のご用件は依頼の受注でしょうか……?」

「ああ、イーロイから依頼を請けて欲しいと相談されている」

「!! すぐにギルドマスターを呼ぶので、少々お待ちください!」


 無人に近いギルドに響く大声を上げた受付嬢が慌てて立ち上がり受付の奥へと消えたのとほぼ入れ替わりでイーロイが現れた。


「デミトリ……!! こんなに早く来てくれるとは思ってなかった!」


 頭を下げながら叫ぶようにそう言ったイーロイをみて気まずい感情が湧く。元々今日ギルドを訪れるつもりが無かったのに、ここまで感謝されると居心地が悪いな……。


「……感謝するならエリック殿下にしてくれ。ボルデの状況を鑑みて手を貸してほしいとお願いされた」

「殿下が……さすがヴィーダ王家の王子様だ、ボルデの事も気に掛けてくれて――とは言え来てくれたのはデミトリだろ? ありがとう」


 屈託のない笑顔を浮かべてそう言ったイーロイを直視できず、頬を掻きながら受付からギルドに併設された酒場の方へと視線を泳がす。


「人手不足と言っていたのは本当だったんだな……ここまでとは正直思っていなかった」

「幽炎が発生してからずっとこの状態だ。ほんと、数日前まで冒険者だらけだったのが信じられないぜ……」

「ボルデに残った冒険者達もいるんだろう?」

「あいつらはほぼ全員領主様が出した緊急依頼を請けて出ずっぱりだから、ほとんどギルドに戻ってきてないな」


 ヴィラロボス辺境伯の出した緊急依頼か……幽炎対策が収束するまで拘束する期間が指定された労働依頼の様なものかもしれない。


「状況は理解した。俺もその緊急依頼を請けた方がいいのか?」

「いや……」


 困った表情を浮かべイーロイが黙り込んでしまった。


「俺は別に他の依頼でも問題ないぞ……?」

「違うんだ……ちゃんと説明した方が良いな。領主様と相談して、今緊急依頼の受注を制限してる」


 なぜわざわざそんな事を……待てよ。


「……緊急依頼は通常の依頼よりも報酬が良かったりするのか?」

「ああ」

「なるほど……幽炎が消えた事を聞いてボルデに戻って来た冒険者達が割の良い緊急依頼に群がったら、余計に住民達からの冒険者や冒険者ギルドへの印象が悪くなりそうだな……」

「察しが良いな……俺もそれが心配だ。領主様はそれでも都市の住民達が一日でも早く日常を取り戻せるなら構わないって姿勢だったんだが、俺の方から頼み込んで制限させてもらった」


 ギルドに踏み入れた時周囲から向けられた敵意に満ちた視線を思い出す。すこし過剰にも思えるが、イーロイが心配してしまうのも分かるな……。


「そうなると俺は何の依頼を請ければ良いんだ?」

「幽炎が発生する前に出されていた依頼は全部保留になってる。その中から緊急性が高いものを請けてもらいたいんだが……」


 言い辛そうに口ごもってしまったイーロイが、しばらく葛藤した後観念した様に肩を落としながら口を開いた。


「割の良い依頼だし、普段なら自信を持って紹介できるんだが……幽炎が発生した時に逃げた冒険者が放棄した依頼なんだ」

「依頼主が激怒してそうだな」

「ギルドを代表して謝罪に行ったけど、少なくとも機嫌は良くなかったな」


 力なく笑ったイーロイの背中を、心配そうに彼を呼んだ受付嬢が見つめている。出会った時も疲れ切っている印象を受けたが、冒険者ギルドが閑散としていても様々な問題の処理でイーロイが暇と言う訳ではなさそうだな。


「依頼の内容は?」

「クリク草の採取だ」

「聞いたことが無いな……」

「俺も薬草学に疎くて詳しくないんだが、ヒエロ山の麓の森に生える珍しい植物らしい。詳しくは依頼票に書いてある」


 イーロイが手元に持っていた書類の束から一枚の依頼票を取り出してこちらに差し出して来た。


「……納品期限が新年を迎えた後になっているが、保留になっている依頼の中でこれが一番緊急性が高いのか?」

「俺の思い過ごしなら良いんだが、クリク草が採取できなくなる可能性がある」

「採取が不可能に??」

「幽氷の悪鬼が潜んでいたからなのか分からないが、ヒエロ山とその周辺に生息している魔物や魔獣の数は普通の山と比べると極端に少なかった。それなのに街道の除雪に向かっていた対策部隊に同行してる冒険者から、普段見かけない魔獣を見たって報告が上がってる」


 幽氷の悪鬼が討伐されたからか……?


「……まさか生態系が変わり始めているのか? 数日しか経っていないし、幾らなんでも早すぎないか?」

「専門家じゃないから難しい事は分からねぇ……色々と落ち着いたらギルドとして調査をする予定だ。とにかく問題なのは報告された魔獣が草食獣で、クリク草が生えてる森の中へと消えて行った事だ。依頼票にも書いてある通りクリク草は珍しい上に数が少ない……食い荒らされたら依頼が達成不可能になっちまう」

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