第417話 城塞都市ボルデ
「いい子で待ってるんだぞ?」
「ピー……」
「急に頼んでしまってすまない」
「大丈夫ですよ、任せてください!」
「ありがとう」
シエルを預かってくれたカミールとヴィラロボス辺境伯邸の門で別れ、冒険者ギルドがあるボルデの中心に向かって歩き出す。カミールから聞いた通りなら、このまま前方に見える城塞都市の中心に位置する城を目指せば目的地に辿り着けるはずだ。
視界の先に見える城はヴィーダの王都やアムール王国で見た王城と比較するとかなり小さいが、防衛戦に特化した無骨で飾り気がない作りは城塞都市の心臓としての機能を果たすには十分だろう。
『僕もあまり詳しくないですけど、アムール王国と同盟を結んでからしばらく経つまでヴィラロボス辺境伯家も万が一に備えて城に住んでたみたいですよ?』
『今はもうその必要がないのか』
『はい。現在ボルデ城は主に災害時に備えた食料の備蓄等に使われていて、兵舎以外ほぼ無人らしいです』
辺境伯邸を出発する前にカミールから簡単に城の現状について教えて貰ったが、城塞都市セヴィラの城も今では活用されていないとアルセも言っていた。
セヴィラ辺境伯領がヴィーダ王国の一部になった今、アムール王国に面するヴィーダ王国の国境を守る最終防衛戦がボルデの城ではなくなった。
既に城として機能していなかったのに存在意義が更に薄れてしまったが……解体するのも一苦労だろう、このまま――。
「魔道具は城に搬送する、重いから慎重に運べよ!」
ヴァネッサ達の事を考え出すと思考の沼に嵌りそうだったので無理やりボルデの城の今後について考えていると、大通りの十字路で見た事がない巨大な装置を馬車の荷台に積む男達の会話が聞こえて来た。
「これ、せっかく領主様が用意してくれたのに結局使わなかったな。なぁ、本当に幽炎がもう発生しないなら保管する意味なくないか?」
「火炎発生用の魔道具一基がどれだけすると思ってるんだ? 大体危険だしその辺に捨てる訳にも行かないだろ! 余計な事は考えなくていいから手を動かせ!」
火炎発生用の魔道具……幽炎対策に火魔法は適してないと聞いたが、火炎を発生させる魔道具なら魔力を供給する魔石の補充さえ怠らなければ、幽炎が燃え広がるのに必要な雪が積もるのを半永久的に防ぐ事が出来る。
これもエリック殿下が言っていた幽炎対策の一部だろう。
話し合っている男達の横で、幅は五十センチ、高さは一メートル半はありそうな金属製に見える筒状の装置を四人の男達が囲んでいる。魔道具の内部まで金属製なのかどうかは分からないが、仮に外装だけだったとしても一人で動かすのは無理だろう。
男達が額に汗を浮かべながら均等に力を入れ、少しずつ魔道具を地表から浮かせて行く。
あの大きさと重さの装置を何基も用意しているのか……俺の貧相な発想では、ヴィーダ王国内でも特に寒い気候のため暖を取るために活用する事しか思いつかないが、あの取り回しの悪さでは難しいかもしれない。
それに『火炎』と言う程火力があるらしい。正直兵器として活用する位しか――。
「「「あ!?」」」
「危ねぇ!?」
考え事を中断させるには十分すぎる程に鈍い衝撃が地面から伝わり、作業をしていた男達の叫び声が聞こえて来たのとほぼ同時に身体強化を掛ける。
俺の頭上に影を落とした装置を咄嗟に突き出した右手で受け止め、凄まじい衝撃と共に手首から音が鳴る。
「痛っ……」
「……!? お、お前らボケっとするんじゃねぇ!!」
「「「「!? おう!!」」」」
何が起こったのか処理しきれずに立ち尽くしていた作業員達が我に返り、俺が支えている装置を両脇から抱えてくれた。余裕が出来たので状況を確認すると、装置の下部が半分だけ荷台に乗っている。
手を滑らせたのか分からないが荷台に乗せきる前に倒してしまった様だ。
「……一気に荷台に乗せるぞ?」
「「「「お、おう!」」」」
「せー、の!!」
身体強化に魔力を注ぎ、男達と息を合わせて未だに重力に引っ張られ俺に襲い掛かろうとする魔道具を荷台の上に押し返す。屈強そうな男達四人の力が加わったからか分からないが、思いの外簡単に魔道具を移動させる事に成功した。
「お前ら何やってんだ!? 兄ちゃん、すまねぇ!!」
「「「「すみません!!」」」」
「怪我はねぇか!?」
駆け寄って来た指示を出していた男に平気だと見せるために魔道具を受け止めた右腕を振る。
「びっくりしたがこの通り平気だ。だが俺が身体強化を使えなかったら大事故になっていたぞ? 気を付けてくれ」
「本当に申し訳ねぇ!! お前らも――」
「「「「すみませんでした!!!!」」」」
俺も怪我をしていないし、ここまで謝られるとそこまで怒る気にはなれないが……俺ではなく子供の上にあの魔道具が落ちていたら取り返しがつかない事になっていたかもしれない。
「その装置の運搬には主に馬車を使っているのか?」
「あ、ああ」
「荷台まで持ち上げるのが大変だろう?」
「確かに一苦労だ……でも馬車じゃないと運搬出来ない位重いから積み込みと積み下ろしの不便さは仕方ねぇ――あ、兄ちゃんを怪我させかけたのは仕方ないって思ってないからな!?」
「大丈夫だ、そう言うつもりで言ったわけじゃないのは分かっている」
「面目ねぇ……」
……余計なお世話かも知れないが、一応聞いてみるか。
「その様子だと一基ずつ運搬しているのか?」
「ああ。デカい上に壊すわけにもいかねぇから、詰み終えた後荷台の上で転倒しない様に作業員が支えて運搬してる」
「……台車を使えば良いんじゃないか?」
「え!?」
「馬車でも一基ずつしか搬送できないなら、丈夫な台車で事足りるんじゃないか? 台車を安定させるためにしっかりと装置を固定する必要はあるが……重すぎて台車が押せないなら馬に引かせればいいし、地面から持ち上げる距離が減る分事故が起こる可能性も低くなるだろう」
「……一定の重さと大きさ以上の物は馬車での運搬が義務付けられてるんだ。それにこの魔道具は領主様の所有物だから、勝手に運搬方法を変えるのは……」
規則があるのか……安全規則が逆に危険を誘発してしまっているなら本末転倒だと思うが……。
「……そうか、規則があるのを知らずに余計な事を言ってすまない」
「いや、迷惑を掛けちまったし文句の一つや二つ言いたくなるだろ……それに、言われてみてそっちの方が安全だと俺も思う……」
この男は指示を出していたから現場の監督責任があるに違いない。
安全性を優先して台車を使った方が良いと思いつつ、規則を破るのには二の足を踏んでしまっても仕方がない。規則を破りたくないなら、台車も馬が引けば広義で言えば馬車だと言えると――止めておこう。
部外者の俺が無責任に屁理屈を並べるのは良くない。
「……作業の手を止めてしまって悪かった。俺はもう行くが、残りの作業の安全を祈っている。全員で積み込み作業をしている訳じゃないなら、作業中は荷台の裏に人を近づけない様に警戒する係を置くのも手だぞ」
「必ずそうする!」
――――――――
「なぁ」
「なんだ!? ったく、ぺちゃくちゃ作業せずにしゃべってた癖に事故が起こったら気配を消しやがって……良い性格してるぜ……」
「悪かったって。でもあの兄ちゃんが馬鹿力だったおかげでなんとかなったし良かったじゃん」
「……馬鹿力なんてもんじゃねぇだろ。片手であの魔道具を――」
「それは置いておいて、兄ちゃんが言ってた台車の事だけどよ」
「お前な……規則を破るわけにはいかないだろ」
「でもよ、車輪が付いてて馬が引いてりゃそれはもう馬車じゃねぇか?」




