第413話 暗闇の中の来訪者
「ふぅ……」
照明の魔道具が照らす小さな客室の中で、寝具の上に座りながら日が暮れた窓の外を眺めて息を吐く。無駄に冴えた目に映る大きな月が、昼夜が完全に逆転してしまった事を意識させるため立ち上がってカーテンを閉じる。
「……」
そりの客室に戻り、カミールと別れてからしばらく経った。リーゼがヴァネッサ達に俺の起床を伝えてくれると言っていたので、いつ部屋を訪問されても良いように特に何もせず座っていたが……正直手持無沙汰なだけでなく、自分から安否を報告しに行かずじっと待っている今の状態はかなり居心地悪い。
「仕方がないか……」
幾らエリック殿下が気さくな方だとしても、一国の王族相手に今夜は部屋で過ごして自分からヴァネッサ達に会いに行かないと言った手前、その言葉を反故する訳にもいかない。
もやもやした心情を反映する様にざわつく呪力を魔法に込めて、心配事を頭の隅に追いやる様に水球を浮かべながら魔法の同時発動の練習を始める。
「……日付が変わったら……」
一瞬日付が変わる位夜も更けたら『今日』会いに行くという殿下との約束事を破らずに俺の方からヴァネッサ達に会いに行けると考えかけたが、そんな屁理屈が通用するかしないかと関係なく真夜中に女性の部屋に押し入るのは非常識だ。
ぐっすりと寝たためレオとの鍛錬の疲れは抜けきっていると思ったが、妙な思考に走ってしまうという事はそうでもないのかもしれない。
展開していた魔法を解除しながら寝具の上に横になる。部屋を訪ねられた時、俺が呑気に寝ていたら心証は悪いかもしれないが……俺は眠りが浅い方だ。客室の扉を叩かれたら起きれるだろう。
念のため照明の魔道具は点けたまま、無駄に冴えている瞳を閉じて毛布を被る。眠れなかったとしても、目を閉じるだけで体力を大分回復できるはず――。
――――――――
「ん……?」
想像以上に疲労していたのかいつの間にか眠ってしまっていた。眠気眼を擦りながら辺りを確認すると点けていたはずの部屋の明かりが消えている。
「……? 何だ……?」
暗闇の中で輝く一対の何かに目が引かれる。暗さにまだ慣れてなく目を凝らしてその物体に注目していると、急速にこちらに近付いて来た。
「!?」
「ぴよ?」
「びっくりした……驚かせないでくれシエル」
僅かに開かれたカーテンの隙間から漏れる光を反射する黒い眼に見つめられながら、俺の胸の上に移動したシエルを落とさない様に気を付けながら寝具に肘を掛けて半身だけ身を起こす。
シエルが居ると言う事は、預かってもらっていたヴァネッサが部屋に来たはずだが……。
「……わざわざそりまで来てもらったのに寝過ごしてしまったのか。悪い事をしたな……」
「ピ!!」
恐らく眠ってしまった俺を見て起こさずにいてくれたのだろう。シエルを残したのは――。
「悪い、無視しないから突かないでくれ」
「ピ!」
急に離れ離れになってしまった事に怒っていたのか、俺の胸の上で立ながら胸板に決して柔らかくない嘴を突き立てていたシエルを右手で掬い上げる。
「事情があったとは言え、急に声も掛けずに居なくなって申し訳なかった」
「……ピー」
機嫌がまだ完全に治っていなさそうなシエルを撫でながら嘆息する。
城塞都市ボルデである程度時間に余裕が出来たらシエルと空を飛ぶ練習をしようと約束していた。元々それ位しか予定が無かったはずだが……。
「やる事が大分増えているな……」
「ぴよ?」
レオに指摘されてから意識を改め、実行しようと考えていた肉体の限界を測るための鍛錬。元々鍛錬目的で依頼は請けるつもりだったが、イーロイにボルデの住民からの冒険者ギルドへの信頼回復を回復させるために依頼の受注を頼まれ承諾している。
そこに加えてヒエロ山で別れた際に傷つけてしまったセレーナへの謝罪と、依頼への同行についての相談。そして心配を掛けておいてこちらから無事を伝えに行かず、訪問を寝過ごしてしまったヴァネッサとの話し合い……。
まだ一件落着とは言えないかもしれないがアムール王国でのごたごたが片付き、幽炎騒動も幽氷の悪鬼が討伐され、突然現れた勇者であるユーゴも旅立ったばかりだ。
ガナディアの使節団が国に帰るまではある程度ボルデでは余暇を楽しむ事が出来そうだと思っていたのに、いつの間にか対処しなければいけない事がどんどん増えているような……。
「ピ?」
「……なんでもない。少し落ち着いたら、一緒に空を飛ぶ練習をしような」
「ピー!!」
嬉しそうに羽ばたくシエルを肩の上に移しながら立ち上がりカーテンを開く。まだ朝と言うには早すぎるが、空が若干白んできているので深夜から早朝に差し掛かっている頃合いで間違いないだろう。
「二度寝をしてまた変な時間に起きるのは避けたいな」
「ピー?」
「少し寒いかもしれないが外に出よう」




