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第412話 余計な気遣い?

「またな! 失礼します、エリック殿下」


 初めて出会った時に抱いた印象と比較したら比べ物にならない位明るくなったイーロイが、一度応接室の扉の前でエリック殿下に礼をしてから部屋を出て行く。


 応接室の扉を開いていてた使用人が、彼をヴィラロボス伯爵邸の外まで案内するために扉を閉じて続けて部屋を出ると微妙な沈黙が訪れた。


「エリック殿下、セレーナの事だが……」

「デミトリ殿。セレーナ嬢について話し合う前に、私の方から現状の共有をさせて頂いても問題ないだろうか?」


 早速セレーナについてエリック殿下に確認しようとすると、イバイがエリック殿下の背後からソファの外周を移動しながら前に出てきた。


 質問をした殿下も口を堅く閉じてしまっている……ここはイバイの話を聞いた方が良いかもしれない。


「頼む」

「デミトリ殿は察しているようだが、セレーナ嬢は幽氷の悪鬼と対峙するデミトリ殿に足手纏い呼ばわりされた事をかなり気にしている」

「そうか……」

「そしてヴァネッサ嬢も――」

「イバイ、そこまで説明するなら僕も交えて話した方が良い」


 悩んだ末、エリック殿下が姿勢を正し横に立っているイバイに決意の満ちた表情で語り掛ける。


「ヴァネッサがどうかしたのか??」

「デミトリ……」


 残念なものを見るような目でエリック殿下だけでなくイバイにまで見つめられてしまい、何と言えば良いのか分からず押し黙ってしまう。


「アムールでデミトリ殿と出会った私達ですら、デミトリ殿が幽炎対策のためにヒエロ山に残ると聞いた時見捨てて逃げる事にかなり苦悩した。ずっと共に行動していたヴァネッサ嬢も、あの場では納得したかもしれないが心穏やかなわけがないだろう?」

「イバイはふわっとした表現に留めてるけど、セレーナが傷付いてるのと同じくらいかそれ以上にヴァネッサ嬢の様子もおかしかったよ」


 ヴァネッサは俺の境遇だけでなく、行動理由についてもある程度説明していたため勝手に俺の言い分を理解してくれると思ってしまっていた。


 まさか幽炎の元凶である幽氷の悪鬼が現れるとは思わなかったが、死霊や屍人が相手なら呪力を操れるため気を付けてさえいれば命は落とさないという自信があって対策部隊の元に残ったんだが……心配を掛けてしまった事には変わりないか……。


「ヴァネッサ嬢とセレーナ嬢だけでなく、デミトリ殿と別れた後ナタリア嬢も色々とあり――」

「凄く簡単に言うと、一緒に旅をして来た女性陣がみんなちょっと荒れてるんだ……デミトリが起きたらすぐに報せるって言ったのに、先にイーロイさんとの会合に呼んじゃったのも今更だけどあまり良くなかったかも……」


 状況は理解出来たが、エリック殿下とイバイまでもが深刻そうにしているのに違和感を感じる。いくらなんでも、そこまで心配する程だろうか?


「僕達が大袈裟に話してるって思ってるでしょ? イーロイさんとの面会が終わった今、デミトリを一旦そりに帰した方が良いかもって真剣に考えてるからね?」

「冗談だろう??」

「……普段の落ち着きを取り戻す前に、デミトリ殿と会わせるのは得策ではないだろう」


 イバイまで……。


「……二人が色々と考えてくれている事には感謝するが、問題を後回しにする方が良くないと思わないか? ヴァネッサ達もヴィラロボス伯爵邸に泊まっているんだろう? 今から会って話せば――」

「それは……どうかな……?」


 自信の無い返答をしたエリック殿下の横でイバイが激しく首を振っているし、無理に意見を押し通そうとするのは止めておこう。こういう問題は放置すればするほど余計拗れる気がするが……。


「……状況は理解した。できればこのままヴァネッサ達と合流したかったがやめておいた方が良いんだな?」

「うん、そうした方がいいかも」

「彼女達も気が立っているし、時間を置いてから会った方良いかもしれない」

「分かった。カミール」

「!? はい??」


 話を振られるとは思っていなかったカミールが慌てて姿勢を正す。


「驚かせてしまってすまない。ナタリア嬢との面会が難しいなら、俺は今日はそりで休んでも問題ないだろうか?」

「それは勿論問題ないです!」

「助かる……それでは、俺は一旦そりに戻ろうと思う」

「そうするのが良いと思うよ!」


 イバイまでもが力強く頷いているのに違和感を感じつつ、応接室のソファから立ち上がりカミールの方に向く。


「それでは失礼する……案内を頼んだ、カミール」

「えっと、はい!」

「今夜はゆっくり休んで、また明日ねデミトリ!」


 エリック殿下に見送られそのまま廊下に出ると、カミールと共に俺を案内するために部屋を出たリーゼが不意に呟いた。


「……本当に会わなくて良いの?」

「リーゼさんもヴァネッサ達を避けるのは得策じゃないと思うのか?」

「やめ――私だけさん付けは気持ち悪いからカミールと同じで呼び捨てにして! それに当たり前でしょ? 無事を確認したいのに、挨拶もせずに放置したら余計怒るに決まってるじゃない」


 普通に考えたらそうだろう……俺と同じ意見だったリーゼがエリック殿下達の考えを理解出来ないのか困惑した表情で首を傾げている。


 エリック殿下にそりに戻ると言った手前、勝手にヴァネッサ達を訪ねるのはやめておいたほうが良さそうだが……。


「カミール、デミトリをそりに案内するのは任せたわ」

「リーゼ?」

「エリック殿下にああ言っちゃったからデミトリがナタリア様の部屋に行くのは駄目だったとしても、ナタリア様達がデミトリに会いに来る分には問題ないでしょ? 起きてるのを伝えに行くから」

「色々と手間を掛けてすまない」

「別に手間じゃないけど……エリック様のあの対応はイバイさんの教育なのかな? 女心を分かってなさすぎじゃない……?」


 ぶつぶつ言いながらヴィラロボス邸の奥へと消えて行ったリーゼの背中が見えなくなった段階で、我に返ったカミールが俺の方に振り返った。

 

「……戻りましょうか」

「ああ」

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