第411話 ボルデの冒険者事情
「結構な数の冒険者達が幽炎の発生を聞いて逃げちまったんだ。命あっての物種だから非難は出来ねぇけど……」
エリック殿下と視線を交わす。互いに何と声を掛けても良いのか分からないまま、沈黙が続くのは良くないと思いイーロイに声を掛けた。
「……今は避難していても、幽炎が収まったことを聞けば戻って来るだろう?」
「そう簡単な話じゃないんだ……」
深いため息を吐きながらイーロイが俯く。
「アムール王国からボルデに向かう途中、除雪された街道を見ただろ? 都市の住民が……それこそ女子供や老人も必死になってボルデを守ろうと協力したんだ」
「……そう言う事か」
ギルドマスターであるイーロイの立場からしたら胃が痛くなる様な問題だな……。
「逃げた冒険者達が帰って来てもボルデの住民と冒険者の間で不和が生まれそうだね……」
「うっ……あいつらを引き留められなかった俺の責任だ……」
消えてしまいそうな程覇気を失ってしまったイーロイの姿が痛々しく、堪らず元気付けるために肩を叩く。
「全員が逃げた訳じゃないだろう?」
「勿論だ! 特に、元々ボルデを拠点に活動してた冒険者達はほとんど残ったし幽炎の対策に協力してくれた」
「だったら住民達も冒険者ギルドに対してそこまで悪感情を抱いてないんじゃないか?」
「……もう冒険者ギルドに頻繁に依頼を出してる大勢の依頼主から『幽炎対策に協力しなかった冒険者には今後依頼を任せたくない』って抗議の声が上がってる」
想像以上に今回の件でボルデの住民と冒険者ギルドの間に出来てしまった溝は深いみたいだな……。
「逆にボルデに残った冒険者達に対する評価はめちゃくちゃ上がった……素直に喜べねぇのが残念だ」
力なくイーロイが笑っているが、それを差し引いても住民からのギルドに対する風当たりは強いのだろう。むしろ、ギルドを代表しているイーロイが一番そのとばっちりを受けていてもおかしくない。
「冒険者ギルドには国としてあまり干渉しない決まりだから僕からは何も言えないけど……大丈夫なの?」
「地道に信頼を取り戻してくしかないっす……その点、幽炎の元凶だった幽氷の悪鬼を倒してくれたデミトリが依頼を請けてくれるのは助かる。完全にギルド側の都合だし、無理はして欲しくねぇけど……可能な範囲で依頼を請けてくれると助かる」
「依頼は元々請けるつもりだったから変に気負わないでくれ。ソロだと受注できる依頼に限りがあるし、しばらくボルデに滞在する予定だから他領に遠出するような依頼は無理だが可能な範囲で協力する」
「恩に着る! 本当に、本当に助かる……」
冒険者ギルドには色々と世話になっているし、どの道自分の強さを確かめるために色々と試そうと考えていた。それがボルデの冒険者ギルドの為になるなら一石二鳥だろう。
「ギルドに来てくれたら俺がデミトリにぴったりの依頼を選んでやるから任せてくれ! がっつり稼げる、割の良い依頼をギルドマスター権限で用意する!」
だから、別に金欠では……。
「……報酬の事は気にしないでくれ。大体、そんな事をしたら特定の冒険者を贔屓してると噂されて余計な問題が増えるだろう? 普通に依頼を紹介してくれれば良い」
「そうか……ただ、普通の依頼っつってもソロの冒険者向けの依頼だと――」
「セレーナと一緒に依頼を受けるのはどうかな?」
「セレーナと……?」
アムールでソロで活動していたセレーナについてイーロイが把握してなかったのかキョトンとしている。なぜエリック殿下が急に彼女の名前を出したのかが分からない。
「エリック殿下、彼女は今まともに戦えない状態だろう?」
「分かってるよ。でも、このままだといけないと思うんだ。一緒に依頼を請けたらデミトリが受けられる依頼の幅も広がるし、セレーナも――」
「殿下」
エリック殿下の背後で影に徹していたイバイがかなり固い口調で言葉を挟んだ。殿下の急な提案について賛同していないのは火を見るより明らかだ。
「……どうしたの、イバイ?」
「セレーナ嬢の事が心配なのは分かりますが、ご自身でどうにかせずデミトリ殿に任せる姿勢は頂けません」
「べ、別にそんなつもりじゃないよ!? でも、僕じゃ冒険者として動けないし……それに……」
事前に相談してくれれば、殿下からの頼み事なら俺が余程の理由が無い限り断らないのは理解していたはずだ。急にこんな提案をするのはエリック殿下らしくないな……まさか――。
『厳しい事を言うが、セレーナは今戦えないだろう? こんな言い方はしたくないが、自分の身を守れないなら足手纏いにしかならない』
ヒエロ山の麓でエリック殿下達と別れる前にセレーナに向けて発言した内容を思い出す。あれが原因で殿下が心配になるほどセレーナが不調なら……。
「……イバイ殿、無理に連れて行くつもりは無いが……セレーナ嬢さえ良ければ俺も反対する理由は無い」
「全く、デミトリ殿はエリック殿下に甘すぎます」
仕方が無いと言った様子で納得はしていないみたいだが、イバイはそれ以上追及しなかった。
「……良く分かんねぇけど、少なくとも二人で依頼を請けて貰えるのか?」
「セレーナが了承してくれるかどうか次第だ。最低でも俺一人で依頼を請ける」
「そうか……協力してくれて本当に感謝する。良い依頼を見繕っておくから、準備が出来たらいつでもギルドに来てくれ!」




