第410話 人手不足
「事情があって一旦預かっているが、その金はヴィーダ王家に返納する予定――」
「デミトリ、今色々とごたついてるのは分かってるよね?」
特段俺の口座に振り込まれた金について注意事項の説明を受ける必要がないとイーロイに断ろうとした所で、エリック殿下に言葉を遮られてしまった。
「イーロイさん、これから話す事は他言無用で頼むよ?」
「ひゃい!?」
「アムール王国で起こった事はまだ正式に発表できてないんだ……そんな状態でデミトリがヴィーダ王家にあの額を納めたら騒ぎになるのは目に見えてるでしょ? だからしばらく預かってて欲しいんだ」
「そう言う事なら……分かった」
エリック殿下の言う通り、ガナディア王国から来た亡命者が急に国家予算に匹敵する金額をヴィーダ王家に収めたら無意味な混乱が生じるのは想像に難しくない。
自分で稼いだわけではない金が口座に眠っているとのはあまり好ましくないが……仕方がないだろう。
「迷惑を掛けてごめんね、ありがとう!」
「あの、そう言う事なら振り込まれた金額だけ凍結するか?」
隣に座っていたイーロイが背筋を伸ばしながら、意を決して発言した。
「そうして貰えると有り難いが、可能なのか?」
「ああ。むしろそうさせてくれた方がこっちとしても助かる! 各国の都市に設立された冒険者ギルドは、冒険者達が開いてる口座から金を引き下ろせるようにある程度金貨を保有してるんだが……デミトリの口座に振り込まれた額は異常だ」
正直賠償金の額については聞いてないのであまりピンと来ていないが、小さな国の国家予算と言った位だから相当な額なのだろうと言う事は分かる。
個人的には、最終的にヴィーダ王家に収めるので支払われた額よりも、クリスチャンにそれだけの金を割り当てて問題ないアムール王国の財源の方が気になる。
「今日わざわざ訪問してまで説明したかったのも、一定額を超えた口座からの引き下ろしには時間がかかる事と、通常の引き下ろしと違って事前に申請が必要になる事だったんだ。準備をするためにギルド側でも色々と動かねぇといけねぇからな」
「なるほど……凍結してしまうなら別に説明を聞く必要はなさそうだな? 元々口座に入っていた金額と、凍結する賠償金を別々に管理して貰えるのか?」
「そこについては問題無ぇ。デミトリが口座から金を引き下ろす時、口座の残高が凍結した金額以下にならねぇ様にするだけだ」
「なるほど。じゃあそれで頼む」
「ふぅ……これで処理がかなり楽になる……」
イーロイが安堵の息を漏らす。
わざわざイーロイがエリック殿下を訪問してまで俺に接触しようと行動した理由が分かり色々と納得する。心配だったのは事務処理と金の調達か……。
急に国家予算に相当する金額の準備が必要になったらどこの冒険者ギルドも困るだろう。早く俺を捕まえて説明しなければと焦っていたに違いない。
「……本当に良かった」
「心配だった理由は何となく察しが付くがそこまで焦る必要はないだろう? あり得ないが、仮に俺が大金を引き下ろそうとして時間が掛ると言われても、そう言う物だろうと納得していたはずだぞ?」
「……こう言っちゃ悪ぃがデミトリは金癖が悪いかもしれねぇと思って」
ん……?
「白状すると、ボルデに滞在中頻繁に口座からの引きおろしを依頼されたらどうしようと思ってた」
「デミトリってそんなにお金の使い方がおかしかったかな……?」
エリック殿下も困惑しているが、俺も見ず知らずの他人だったはずのイーロイが俺に対して金遣いが荒いという認識を持つ理由が思い当たらない。
「その……今回の件に付いて連絡を受けてデミトリについてギルドに登録された情報を確認した時、口座の履歴を見たんだ……賠償金つってた額が振り込まれるまでほぼすっからかんの状態だっただろ?」
「すっからかんと言う程ではないと思うが……」
「しかも、たまに依頼を請けてはすぐに全額近くを引き下ろすのを繰り返してただろ?」
メリシアでリアに金遣いが荒そうだと指摘された事を思い出してしまい、あまり強く否定できない。
「ソロで銀級まで到達してるのにほぼ依頼を請けずにそんな事をしてるから、自由気ままに金が無くなったら依頼を請けては使い果たす風来坊か遊び人みてぇな奴だと思ったんだ。そんな奴が大金を手にしたら大変な事になるだろ?」
「……緊張がほぐれたのは分かったが良く面と向かってそんな事を言えるな。俺はそんな事はしない」
「そんな奴じゃないだろうってのを今話して分かったから言ってんだ、気を悪くしないでくれ!」
緊張が抜けたらイーロイはかなり調子の良い性格をしてるな……。
「……デミトリはそんなに金欠なの?」
「口を大にして言えねぇけど、元々口座に預けられた額は銀級冒険者の平均貯金額よりも大分低い」
人の貯金額についてそこまであけすけに話さないで欲しいんだが……。
「……ボルデに滞在中エリック殿下から許可が下りれば冒険者として依頼を請けようと考えていた。その報酬額を貯金するから問題ない!」
「え、依頼を請けてくれるのか!?」
先程から一転して鬼気迫る表情でイーロイが俺の発言に食い付き、ソファの上でこちらに近付く。
「エリック殿下の判断次第だが……」
「僕は良いと思うよ?」
「そりゃ助かる!! 人手不足で困ってたんだ……」
「「人手不足??」」




