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第409話 城塞都市ボルデ

「デミトリさん、起きてますか?」

「ん……?」


 囁く様なカミールの声が聞こえ、横になったまま重たい瞼を開く。


 窓の方に視線を動かすと空模様が丁度夕焼けから夕闇に変わる頃合いで、日中ずっと寝て過ごしてしまった事に気付き慌てて起き上がる。


「すまない、今起きた!」

「うっ、その様子だと起こしてしまいましよね? 疲れているのに申し訳ありません!」


 扉越しにも関わらず頭を下げているのが想像できるほど申し訳なさそうなカミールの声を聞き急いで否定する。


「かなり小声で声を掛けてくれただろう? それだけで意識が覚醒したのだから起きる寸前だったはずだ、気にしないでくれ……入って来てくれても大丈夫だ」

「……失礼します」


 恐る恐る扉を開けたカミールが、明かりの灯っていない部屋を見て扉の脇に備えられた照明の魔道具を起動させてからベッドの傍まで近づいて来た。


「起こしてしまった直後で申し訳ないんですが……ボルデの冒険者ギルドのギルドマスターがエリック殿下を訪ねていて、可能であればデミトリさんにお会いしたいと仰っていて」

「ギルドマスターが……?」


 俺と会いたい理由も分からなければ、基本的に政には関わらず中立を保つと聞いていた冒険者ギルドの関係者がわざわざエリック殿下を訪問する理由も思い付かない……幽氷の悪鬼の件だろうか?


「……状況は分かった。完全に寝過ごしてしまったが、もう城塞都市ボルデに到着しているんだな?」

「はい! そりはヴィラロボス伯爵邸の厩舎横に停車してるので、準備が整い次第本館にご案内させて頂きます」

「すぐに準備をする」


――――――――


「失礼します」


 軽く身だしなみを整えてからそりを降り、カミールに案内されながらエリック殿下とギルドマスターが居る応接室まで案内された。


 入出すると、向かい合わせのソファに座ったエリック殿下と、イバイを含む護衛に囲まれて少し萎縮していそうな壮年の男性が俺の方に振り向いた。


 あの男性がギルドマスターだと思うが……なんだか、今まで出会った冒険者ギルドの人間と比べると少しだけ雰囲気が違うな……?


「デミトリ、体調は大丈夫?」

「心配を掛けてしまって申し訳ありません。この通り問題ありません」

「あー」


 エリック殿下が腕を組み、唸り始めたのを見てギルドマスターの体がびくりと跳ね上がる。


「イーロイさんが萎縮しちゃってるから、固い口調じゃなくていつも通りで話した方が良いかも」

「イーロイさん……」

「あ、えっと! あの、ギルドが私のイーロイマスターです!!」


 なるほど……。


「初めましてイーロイさん。銀級冒険者のデミトリだ。ボルデに滞在中世話になるかもしれないから、よろしく頼む」

「え、あ、うむ……!」


 相変わらず首から下げた冒険者証を左手で見える様にかざしながら、右手をイーロイに差し出す。ぶっきらぼうな冒険者の様な対応の方が気が楽だったのか、イーロイが立ち上がりながら握手を返してくれた。


「さっきは滅茶苦茶になっちまったから改めて、ボルデの冒険者ギルドのギルドマスターをしてるイーロイだ。こちらこそよろしくな、デミトリ」

「ありがとうデミトリ、緊張してるから話にならなくて僕に対してもそんなに話し方を気を付けなくても良いって言ったんだけど……」

「そんな!? 王族であらせられるので、失礼な口調はだめっす!?」


 ずっとこの調子だったのであれば、確かに話にならないな。


「イーロイさん、敬語を話さないだけで罰せられるのであれば俺はとっくに終身刑か最悪死刑になっている。公の場ではなく、この場に限って楽な口調を許されたのであればしたがって問題ない」

「そ、そうか……」

「恐縮してるけど、王族の申し出を却下してる時点で同じぐらいかそれ以上に失礼だしね」

「!?」

「エリック殿下……!」


 せっかく話が纏まりかけていたのに、エリック殿下の一言でイーロイが顔面蒼白になり硬直した。俺も気付いていたが敢えて言わなかったのに……。


「冗談だよ! それにほら、余計な事を言っちゃダメでしょってデミトリに怒鳴られても僕は怒ってないでしょ? 本当に平気だから楽にして」

「そ、そうです――そう、か」


 ギリギリの所で口調を治したイーロイが不安そうに俺と殿下を交互に見る。安心させるために彼の肩に手を伸ばし、落ち着いた口調で語り掛ける。


「本当に大丈夫だ。とにかくこのままでは話にならないから座ろう?」

「あ、ああ……」


 ぎこちない動きでソファに戻ったイーロイと共に、エリック殿下と向き合う形でソファに腰を掛ける。エリック殿下と目を合わせると俺だけに分かる様に小さく頷いた。


 本来であれば俺は殿下の横に控えて、着席を許可されても殿下の隣に座るべきだが……孤立してしまったらまたイーロイが萎縮してしまいそうだと思い、敢えてこちらに座った意図を殿下も汲んでくれたようだ。


「途中から参加してしまってすまない。イーロイさんが俺に会いたいと聞いたんだが……幽氷の悪鬼の事だろうか?」


 殿下を差し置いて話を勝手に進めるのは失礼だと分かりつつ、エリック殿下が話すよりも俺が話した方が返事をしやすいと考えそう言うと、何とか自分を落ち着かせようと深呼吸を繰り返していたイーロイがこちらに振り向いた。


「違いま――違うんだ……」


 敬語で話しだそうとしたのを止め、もう一度深く息を吸ってからイーロイが再び話始める。


「デミトリが冒険者ギルドで開いた口座に小さな国の国家予算規模の金額が振り込まれただろう?」

「……?」

「賠償金の話じゃないかな」


 ……完全に忘れていた。


「アムールの王都の冒険者ギルド職員から、色々と注意事項を説明したかったけどもう国を出ちまったから困ってるって連絡があったんだ」

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