第408話 理想と現実
「理想は高く持った方が良い思うわよ」
「……手に入らないとしてもか?」
「ふふ、難しいとは言ったけど無理とは言ってないじゃない。追い求めるのは自由でしょう?」
トリスティシアが話しながら腕を振ると、俺達を包んでいた闇が晴れて再び何もない荒野が視界を埋め尽くす。
「理想は高く持ってるのに、実現する事は不可能だって諦めてしまうのは辛いだけだからおすすめはしないけど」
「諦めている訳では……」
「諦めてない子は手に入らないとしてもなんて言わないわ」
何もない荒野の先に広がる地平線を見つめながら嘆息する。この光景がおれの深層心理を反映したものなのかは分からないが、夢が空っぽな人間がどれだけ諦めていないと言っても説得力はなさそうだ。
反射的に否定しようとしたが、俺の境遇で先程ティシアちゃんに伝えた理想を実現できるのは不可能かもしれないと心のどこかで考えていたかもしれない。
「ティシアちゃんの言う通り、理想が高い癖に端から手に入れる事を諦めていたら辛いだけかもしれないな」
「……理想を実現する事が不可能に近いと思っていても、追い求めないと叶う物も叶わないわよ?」
「そうだな……幸せが舞い込んで来る様な都合の良い星の元に生まれなかったのは自覚している」
「その調子よ」
おもむろにトリスティシアが立ち上がり、座ったままの俺に向かって手を差し伸べた。
「夢や理想を諦めない?」
「……ああ」
差し伸べられた手を掴み、俺も立ちあがる。
「良し! そんな夢追い人のデミトリに朗報よ。貴方を見守ってる悪神から助言を送ってあげる」
「助言?」
「ずっと加護が無い体で過ごしてるけど、私が加護を授けた事を忘れてないかしら?」
加護……あ⁉ 言われてみれば、命神に加護を授からずに転生した認識が強すぎてトリスティシアに加護貰ったのを――。
「まさか、本当に忘れてたの……?」
「いや、違う! その、授かっている事が当たり前すぎて、意識していなかっただけだ」
「ふーん?」
口を曲げながらこちらを覗き込んで来たトリスティシアの、夢の中でも変わらず輝く黄金の瞳に心を見透かされてしまいそうで鼓動が早くなる。
「……まぁ良いわ。私の加護を持ってるデミトリが並の相手に後れを取るはずが無いの」
「そう、なのか……?」
「さっきも言ったけどデミトリの追い求める理想を私は否定しないし、私の加護は必ずデミトリの力になるわ……それだけ忘れないで欲しいの。加護の細かい効果については……デミトリの為にも教えられないけど本当よ?」
申し訳なさそうにそう言ったトリスティシアは、本当に教えたくないと言うよりも教えられないと言った方が正しそうで、加護の効果を教えられない事実をどう受け止めれば良いのか悩ましい。
俺の沈黙をどう受け止められたのか分からないが、少し慌てながらトリスティシアが説明を続ける。
「だって、悪神って呼ばれて封印されてた存在の加護よ? デミトリ次第で勇者にも後れを取らないわ!」
「俺次第……」
「今日夢にお邪魔したのは、ディアガーナの事が心配だったのもあるけど加護の事も伝えたかったから。あ、今後は私が見守らなくてもディアガーナが勝手に侵入する事は出来ないから安心して」
「いつの間に――ありがとう」
気付かぬうちに夢に細工をしてくれたようだ。
「ふふ、どういたしまして。いつまでも私が居たら休めないからそろそろ行くわ。またね、デミトリ」
俺の返答を待たず、トリスティシアが闇に呑まれて姿を消した。一人取り残された夢の荒野で、再び地面に座り込む。
何をしてくれたのか分からないが、夢に他の神が侵入してくることが無いのはかなり嬉しい……先程唐突にあの暗闇の空間に招かれたが、もしかするとあの魔法が何か関係しているのかもしれない。
「加護……夢と理想諦めない、か……」




