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第37話 ヴァシアの森

 太陽が沈みかけ空が夕闇に染まり始めた頃合いに、それまで全速力で飛行していたグリフォンが徐々に速度を落とし始めた。


 地上を見下ろすと、見渡す限り鬱蒼とした森が広がっている。


 ――森か……


「ストラーク大森林じゃないから、安心してくれ」


 背中越しに、まるで心を見透かされたようなタイミングでジステインが話し出した。


「ここはエスペランザの北西、オブレド伯爵領内にあるヴァシアの森と呼ばれる場所だ」

「オブレド伯爵領……」

「詳しい話は、隠れ家で話そう」


 ――隠れ家?


 ジステインがグリフォンの手綱を引くと、そのままグリフォンは空中で停止しゆっくりと降下を始めた。真下を確認してみるが、生い茂る木々しか見えない。


 木々の間を器用に避けながらグリフォンが着地すると、ジステインがグリフォンの背から飛び降りる。自分も後に続いてグリフォンの背から降りる。


「シーダ、ここで少しの間待っていてくれ」

「クルルルル……」


 ジステインに頭を撫でられ満足そうに目を細めると、グリフォンは翼を折り畳みまるで猫のようにくるまって横になった。


「いい子だ……すまないがここから少しだけ歩く必要がある、付いてきてくれ」

「分かりました」


 ジステインの後に続きながら、ヴァシアの森の中へと進んでいく。


 ――異様に静かだな……


 所狭しと生えている植物とは対照的に、動物の気配を一切感じない。二人の足音と息遣いを除けば、葉擦れの音しか聞こえてこない。


 太陽が沈み切り、目の前にいるジステインの姿を追うことすら難しい。暗闇の中進み続けると、急にジステインが停止する。


「ちょっと中を確認する、すこしだけ待っていてくれ」


 暗闇の中良く見えないが、ジステインが暗闇の中大樹の幹に手を置いた。何をしているのか不思議に思っていると、その直後扉が開く音がしてジステインの姿が消えた。


 しばらくすると、ジステインが呼び掛けて来た。


「大丈夫そうだ、明かりを点けるから入ってきてくれ」


 ――これは……


 明かりが灯り、ようやくジステインが入っていった()()の全貌を把握できた。折れた大樹の中身をくり抜いてそのまま住めるようにしたような、珍妙な小屋が姿を現した。


 中へ踏み入ると空気が湿気ていて、ジステインが必死に錆び閉じてしまった小窓を開けてようとしている。二人で手分けして扉の対角線上の小窓と、両脇の小窓全てを開け一息ついた段階で小屋の中を改めて確認した。


 小さな寝床とくたびれたテーブル。古びた本が詰まった本棚と、扉が片方外れかけている保存棚。床に積もった埃の分厚さから、長年放置されていたのが見て取れる。


「こんな状態ですまない。早速だが何があったのかについて話をしよう」


 ジステインと向き合う形で、テーブルの椅子に腰を掛ける。


「ユーセフの命を奪い、君に危害を加えた輩については私の方でも把握していない」


 ――ユーセフ……


 混乱の中、思考の中心から外すことに成功していたユーセフの死と自分が誰かの命を奪ってしまった事に意識がまた集中する。


「……辛いと思うが、今は話に集中してほしい」

「すみません」

「謝るべきは私の方―― 嫌、やめよう」


 突拍子もなくジステインが手を叩く。


「取り敢えずこの会話が終わるまでお互いに気負ったりするのはなしだ」

「分かりました」

「ありがとう……続けるが、前提として君を襲った輩の事を過小に扱うつもりではないことを理解してほしい。その上で言うが、より大きな問題はあの場に駆け付けた者達だ」

「突然の出来事でしっかりと見たわけではないですが……騎士でしたよね?」


 ジステインの表情が険しくなる。


「その通りだ。君はヴィーダについて詳しくないから分からないと思うが彼らは王国騎士団の兵装を身にまとっていた」

「王国騎士団……ジステイン様と同じ王国軍ということでしょうか?」

「いや、格好だけ真似ていたがあれは偽物だ」


 簡単に言い切るジステインに、驚きを隠せない。


「王国軍を偽る行為がヴィーダでどう扱われるか分からないのですが……国家反逆罪になりませんか?」

「なるな、打ち首程度ではすまないだろう」

「なぜそんなことを……」

「君を迎えに行く前にエスペランザ第一騎士団に伝令を出しておいた。私の後を追っていたから、今頃王国騎士団を偽った不届き者達は捕縛されているはずだ。動機については、尋問をしなくても察しは付いているがいずれ分かる」


 ――動機か……


「先程仰っていた、開戦派絡みでしょうか……」

「その通りだ。確かな情報筋からリナレス男爵領の兵士に動きがあると聞いてな。色々調べている内に心配になって飛んできたというわけだ」


 ――恐らく開示可能な範囲で、砕けた物言いをしてくれているが……


「色々とご迷惑をお掛けしてしまいすみません……」

「気負うのは無しと言っただろう、私も開戦派の行動力を舐めていた。今回動いたのがリナレス男爵家……寄子の暴走なのか、寄親の指示に従っての事なのかは分からないが警戒が足りなかった。そのせいで、大切な部下を失ってしまった……」


 お互いに沈黙し、部屋が静まり返る。


「……話したかったことは以上だ、手短な共有になってしまいすまない。私はこれからエスペランザに戻り()()()()()()()()()()


 ――強いな、ジステインは。


 先程まで後悔の滲んでいた表情は決意に漲り、力強く進む道を宣言する。


「遅くとも、三日後には私か私の使いが迎えに来る。それまでここで身を潜めていて欲しい」

「分かりました」

「それでは、また会おう」


 ジステインが立ち上がり、小屋の扉に手を掛けてから動きが止まる。


「デミトリ君」


 ゆっくりと振り向いたジステインが、優しい声で呟く。


「必ずなんとかなる。だから生きることを諦めないでくれ」

「……ドルミル村に行くまで、()()()()()

「……」


 複雑な表情をして押し黙ってしまったジステインが何かを言いかけて思い留まり、ゆっくりと扉を開き小屋の外の闇へと踏み出していった。

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