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第381話 デミトリの心配事

「デミトリ殿、それは……」

「駄目だ! 危険過ぎる」


 アルセとグラハムが一同に反対の意を示したが、こればかりは譲る気が無い。


「大丈夫だ。恐らく幽炎は俺には効かない」

「そんな事分からないだろう!?」

「アルセ殿、俺を信じてくれ」


 グラハムから対策部隊の作戦を聞いてから俺が二人に伝えた策は単純だ。


 俺一人で幽炎の中へと突っ込み屍人と死霊を蹴散らした後、残された幽炎を例年通り対策部隊で囲む。最早策と呼ぶ事すら烏滸がましいかもしれないが、こうする他ないだろう。


「デミトリ殿は幽炎が効かないと言う……何か確信があるんですね?」

「まさか賛成するのかグラハム!?」


 信じられないと言った様子でアルセが声を荒げるが、グラハムは静かに頷いた。


「アルセ殿、死霊達に対抗できる人間が俺しか居ない時点で他に方法がない。対策部隊が俺に同行して、あの数の死霊と屍人と乱戦になったら確実に被害者が出てしまう」

「だが……」

「俺一人ではどうしても限界がある……それに、ヒエロ山には今見えている戦力以外にも伏兵が潜んでいるかもしれない。不測の事態に陥ったらその時点で対策部隊が瓦解しかねない」

「デミトリ殿が私達に待機して欲しいそりの周辺も同じことが言えるだろう」


 自分で言っていて苦しい指摘だと理解していたのか、アルセの声に覇気がない。


「そりの周辺が安全とは言い切れないが、一度屍人達と交戦して増援が現れなかった時点でまだ屍人が潜んでいるとは考えにくい。王家の影も居る……対策部隊と一緒に守りを固めれば、万が一の時俺が救援に向かうまで持ち堪えられるはずだ」

「……本当に幽炎は効かないのか?」

「正直に言うが五分五分だな」

「命を懸けるには分が悪すぎるだろう……!」

「そもそも俺は幽炎に当たるつもりは無い。その上で五分五分の確率で生き残れるのであれば上々だ」


 アルセを安心させるために軽い口調でそう言ったが、全く納得していなさそうだ。必死に俺を止める方法を考えているのか、アルセの両の瞳は固く閉じられ苦悶の表情を浮かべている。


「坊ちゃま、ヒエロ山の麓の森まで幽炎が燃え広がった時点で対処が不可能に近くなります。」


 植物が育っていないヒエロ山の斜面ならまだしも、木々が生い茂る森の中で魔法を使い雪を掃って幽炎を閉じ込めるのは至難の業だろう。グラハムの言う通り、幽炎が山の麓に到達した時点で対策部隊では手に負えなくなる。


「幽炎が山の斜面に留まっている内に、デミトリ殿が屍人と死霊を倒し切らなければ惨事は免れません。我々が同行してデミトリ殿の戦いの妨げになるのであれば、他に道はないでしょう」

「……分かった」


 観念する様に地面を見つめたアルセの拳が震えている。


「だが、少しでもデミトリ殿が劣勢に見えたら援護に向かう」

「責任重大だな」


 アルセは本気だ。どんなに無謀だと分かっていても、俺を助けに来るだろう……失敗が俺の死だけでなく、アルセの死を意味する事を胸に深く刻みながら覚悟を決める。


「では、行って来る」

「ご武運を……!」


 グラハムの言葉に見送られながら、アルセに止められぬ内に身体強化を掛けながら走り出す。


 ――なんとかアルセを説得出来て良かった……最悪の事態になった時、全員を守りながら逃げるのは不可能だからな……


 アルセ達には言っていなかったが、万全ではなくとも幽氷の悪鬼が自ら人里を襲える程度には回復している可能性がある。配下が倒され業を煮やして現れるとしたら、今まさに俺が向かっている入山口だろう。


「現れないに越した事はないが、覚悟だけはしておいた方がいいな……」


――――――――


 全て避けられる気でいたが調子に乗っていたな。


 死霊の放つ呪弾を避ける拍子に幽炎に包まれてしまった右腕を水魔法で洗うと、思いのほか簡単に幽炎が洗い落とされた。右手を何度か開いては閉じて異常がない事を確認する。


 一切体に不調を感じない事に安堵しながら、近くに居たモータル・シェイドが新たに放った呪弾を避ける。


 やはり幽炎は呪力に起因するものらしい。呪殺の霧同様俺に効かないなら、もう避ける事を考える必要はない。


「ヴァアア――」

「おっと」


 掴みかかろうとして来た屍人の手が体に触れる寸前で、状況を把握するために氷の足場を利用して上空に退避する。


 屍人や死霊達だけでなく幽炎も俺を目掛けて集結してきている。現段階で処理できた屍人と死霊は、全体の三割弱だろうか? 背後に振り向くと無数の屍人達の死体が見える。


「順調だが、悠長にしている暇は無いな」


 この調子で行けば山の麓に敵が辿り着く前に殲滅を完了できそうだが、後程幽炎対策をする対策部隊の事を考えるとなるべく森から遠い位置で事を済ませたい。加えて、もたもたしていると殲滅を完了する前に幽氷の悪鬼が現れてしまうかもしれない。


 ――魔力にはまだ余裕がある、試してみるか……。


 氷の足場を敵の中心まで飛ばし、攻撃するために浮遊して来た死霊達を水球で撃ち落しながら魔法の準備をする。ヒエロ山の上空に無数の氷の棘が現れ、夕日を反射しながら俺の周囲を漂う。


 魔力を込めると氷棘がゆっくりと動き出し、徐々に速度を上げていきながら俺を中心に氷の竜巻が出来上がった。足場を下降させながら地面に近付くと、氷棘が屍人を紙切れの様に千切り巻き込まれた死霊達もズタボロにされ消滅していく。


 氷棘に触れた幽炎は地表から剥がされ、青白い炎に包まれた竜巻が俺の動きに追従しながら敵を呑み込んでいく。


 ――幽炎も巻き込めるなら一石二鳥だな。


 そのまま浮遊した足場を移動させてヒエロ山を一気に横切る。


 屍人の肉が裂ける不快な音が止んだ段階で移動を止め、視界を遮る氷棘を上空で一纏めにすると俺の通った道の敵は跡形も無く一掃出来ていた。


 想像以上に上手く行った事に満足しながら、試しに何本かの幽炎が燃え移った氷棘を水魔法で包み込んで凍らせる。澄んだ氷越しに未だに燃える幽炎が見えるものの、氷を破って外に燃え広がる様子はない。


 ――まだ安心は出来ないが、一旦氷の中に封じ込めておいても問題なさそうだな。


 ここ最近複数個の魔法を同時発動させながら維持する練習していた身からすると、逃げる人間に追い付ける速度で燃え広がり消滅するまでかなりの時間を要する幽炎の異様な燃費の良さには何かからくりがあるのではと勘繰っていたが……雪や氷の上でしか移動できないのは、単なる幽炎の性質ではなく何かしらの縛りかもしれない。


 考え事をしながら残りの氷棘も一纏めにして、氷棘を囲うように水で包み込んでから凍らせて地面に落とす。大分すっきりしたヒエロ山の斜面を眺めながら、残った死霊達と幽炎の位置を確認するともう一割も残っていなさそうだ。


「……一気に片付けよう」

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デミトリ無双。 小っ恥ずかしい二つ名が増えそうな悪寒。
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