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第379話 好機

「お疲れ様ですデミトリさん!」


 街道を辿り、残されたそりの元に帰還するとカミールに出迎えられた。


「カミールはこちらのそりに残ったのか」

「はい!」


 そりの周辺にはカミール以外にも王家の影の人間が複数人、そして屍人から逃げ延びた対策部隊の人間が集まっているが……。


「また屍人に襲われたら……」

「どうしよう、このままじゃ幽炎が――」


 絶体絶命の状況から生還した興奮が冷め、厳しい現実に直面した隊員達は皆意気消沈している。セレーナの治療で体の傷と装備は元に戻っても、隊員達の心までは再生できなかった様だ。


「デミトリ殿、無事で良かった」


 隊員達が集まっている場所からアルセがこちらに近付いてきたが、表情は明るくない。屍人との戦闘で血に汚れた槍を地面に突き刺し、腕を組みながらひそひそと話し合う隊員達を眺め出した。


「アルセ殿と隊員達も無事で何よりだが……大丈夫なのか?」

()()を見て隊員達は心が折れかけている。このままではまともに除雪作業は出来そうにも無いな」


 アルセが視線を隊員達からヒエロ山の方に移す。山の斜面では無数の人の様な影と、宙を舞う人を模した異形が幽炎の間に見え隠れしている。


「対策部隊を襲った伏兵を潰されて、出し惜しみをせず本隊を集結させたと言った所だろうか?」

「幽氷の悪鬼が軍略を用いて配下の屍人や死霊を操っているとは考えたくないが、そうとしか思えない状況だな……」


 アルセも大分参っているな……ただでさえ大変な幽炎対策が更に大変になったのだから無理もない。


「アルセ殿、憶測を多分に含む俺の予想でしかないが……この状況は好機かもしれない」

「この状況が好機……?」

「幽氷の悪鬼が知性の無いただの化け物なのであれば伏兵を忍ばせる様な小賢しい真似はせずに、配下の死霊や屍人と幽炎を引き連れて進軍すると思わないか?」

「確かにデミトリ殿の言う通りかもしれないが……災害扱いされている化け物が知性を持っているとなると、余計に恐ろしくないだろうか?」


 アルセの不安を煽ってしまったが、既に話し出してしまった手前ちゃんと説明すれば理解してくれると信じるしかない。


「確かに恐ろしいな……万全の状態であればの話だが」

「……幽氷の悪鬼が弱っていると思うのか??」

「ああ、そう考えると色々と辻褄が合う」


 カミールに幽炎の対策を聞かれた際、逆に幽氷の悪鬼について色々と質問させてもらいその時からずっと引っ掛かっていた事がある。


「一時を境に姿を現さなくなったと聞いたが、確か最後に目撃されたのが聖女を含む討伐部隊との戦闘で幽氷の悪鬼が敗走して以来だろう?」

「確かに時期は重なるが……」

「その時に負った傷が原因で幽炎を放つ事しかできなくなってしまったんじゃないか?」


 あくまで推測なので間違っているかもしれないが、それ以外に幽氷の悪鬼が姿を現さない妥当な理由が思い付かない。


 確証も無く決めつけてしまうのは危険だが、幽氷の悪鬼は傷が癒えるまで休眠を余儀なくされ、十数年周期で幽炎を放つ事しかできない状態だと仮定した時妙に納得してしまった。


「だが、今回の幽炎の規模は例年をはるかに超えている上に屍人や死霊まで現れているぞ?」

「それでも姿を現さないと言う事は、何か理由があるはずだ」

「……理由か。幽氷の悪鬼は人を喰らうと言い伝えられている。傷を負った際は配下の屍人や死霊すら喰らうとも――」


 ここにきて新しい情報か……だが、俺の仮説に当て嵌まるな。


「――本当に幽氷の悪鬼が弱っているのであれば、今集まっている配下を喰らっていないのはなぜだ?」

「相当な数を揃えているみたいだが、これでも完全復活を果たすには足りないのかもしれない」


 アルセの顔が段々青ざめていく。百は超える屍人を屠ったのにも関わらず、ヒエロ山にはまだ無数の敵が見える状況だ。仮説が当たっていた場合幽氷の悪鬼の復活に必要な被害者の数を想像しているのだろう。


「今年の幽炎の規模が例年よりも大きいのは、数百年の時を経て幽氷の悪鬼がある程度回復したからかもしれない。完全復活を果たすために今回の攻勢で近隣の城塞都市を落とし、一気に配下を増やすつもりだとすれば……屍人や死霊が現れた事にも納得できる」

「すまない、聞けば聞く程好機とは思えないんだが……」


 項垂れてしまったアルセの肩に手を乗せて、安心させるように何回か力強く叩く。


「あくまで仮説だが、当たっていれば今見えている屍人と死霊を片付けて幽炎を処理してしまえば、幽氷の悪鬼の復活を当分阻止できる」

「……回復を防ぐのか」

「幽氷の悪鬼は何百年もかけて対策部隊の手に負えない量の配下を集めたつもりかもしれないが、ここで企みを阻止してしまえばこの先数十年は安心じゃないか?」

「そこで私達の生涯は問題ないだろうと言わず、現実的な期間なのはデミトリ殿らしいな」


 苦笑しているが、アルセが少しだけ元気を取り戻せたようで安心する。

 

「幽炎の規模が大きくなる程回復してしまっている事には変わりないからな……」

「皆まで言わないでくれ……」


 回復したことによって今後幽氷の悪鬼が襲来する周期が変わる可能性すらある。余計な事を言ってしまったと後悔している横で、頭が痛そうにしていたアルセが激しく首を振る。


「次回の心配は後回しだ。まずは今回を乗り越える事に集中しよう……デミトリ殿の言う通りこれが幽氷の悪鬼の復活を阻止する好機なら、この機会を逃す訳にはいかないな」

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