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第373話 アルセの頼み事

「デミトリ殿も知っていると思うが土魔法は魔力の消費が四大属性の中で最も激しい――」


 初耳だったが、他の属性と比べて土魔法は生み出す物質の質量が他の属性と比べて段違いな為何となく納得できる。


「――必然的に幽氷の悪鬼対策では風魔法使いが重宝され、それはすなわち最も風魔法使いに危険が及ぶ事を意味している」


 風魔法の使い手が、幽氷の悪鬼対策の要を握っているのはこれまでの説明で理解している。


「……降り積もった雪を掃うだけでなく、土魔法使いが作った幽炎の囲いに降る雪の除去作業も必要になるだろう? 最悪の場合は吹雪の中でその作業をするとなると、常時魔法を発動する必要があって休む暇すらないんじゃないか?」

「その通りだ。ニコラス兄さんが命を落としたのも……他の魔術士達が魔力枯渇症を発症して戦線離脱を余儀なくされた後、命を賭してただ一人で幽氷の悪鬼に立ち向かい魔法の行使を続けたからだ。救援が到着した時にはもう手遅れだった」


 惨いな……。


「先程言っていた緊急事態と言うのは――」

「想像している通りだ。風と土の魔術士達が瓦解した後、幽炎に呑まれるのを指をくわえて待つ訳にもいかないだろう? 幸い、最後の悪あがきをしなければならない状況は百二十年前の悲劇以来訪れていない」


 火魔法と水魔法の使い手の出動が許されるのは、本当にもうどうしようもない状況の事を指していたのか……。


「デミトリ殿には、ナタリア姉さんが無理をしない様に見守っていて欲しい」

「ニコラス殿と同じような無茶をしてしまうのを懸念しているのか……」

「ナタリア姉さんは自分も風魔法を使えるのに、あの時ニコラス兄さんを一人で行かせてしまった事を未だに悔いている。あの時はまだ幼子で、魔法も碌に使えなかったから誰も彼女を責めていないのに……」


 ナタリアの魔法を見たのはスエルの森が初めてだった。


 いとも簡単に風を遮断する空気の膜を作れたのに驚きつつ、旅の道中で魔物や魔獣に襲われた際全く戦闘慣れしていないちぐはぐさがずっと引っ掛かっていたが……幽氷の悪鬼に立ち向かう一心で魔法の腕を磨いてきたのであれば全て納得がいく。


「分かった。ナタリア様が無茶な真似をしない様に見守ると約束する」

「デミトリ殿、ありがとう……!! 不躾な願いだとは存じますが、出来ればエリック殿下にもご協力頂きたく……!」


 会議が終わった後、エリック殿下にしか聞こえない様に気を付けて声を掛けたはずなのに突然アルセが現れた謎が解けた。元々アルセも会議の終了後、ナタリアが無茶をしたら第二王子として制止して欲しいとお願いするつもりで様子を伺っていたのだろう。


「これでも第二王子だから、あまり特定の貴族家の人間を贔屓にしたり簡単にお願いを聞いてあげるべきじゃないんだけど――」


 エリック殿下が傍で成り行きを見守っていたイバイに目配せする。


「――同級生の頼みを聞くのは問題ないよね?」

「……よろしいと思います」


 口調も表情も固いがイバイの声色はやさしかった。


「大丈夫だって、任せて!」

「ありがとうございます!」


 はしゃぐエリック殿下と頭を下げるアルセには見えない様に手で覆ったイバイの口元が緩んでいるのが見える。


 ――エリック殿下の目付け役という立場も色々と大変そうだな……。


――――――――


「なるほど……」

「ピー……」


 城塞都市セヴィラに向かって走り出したそりの狭い個室の中、情報共有の為俺とヴァネッサとセレーナとシエルの三人と一鳥が小さな寝台に並んで座っている。


「デミトリさんのかっこいい二つ名の由来だから、てっきり二人共幽氷の悪鬼について詳しいって思ってたよ」

「ぐっ……名づけの親はナタリア様で、ヒエロ山に出て来る化け物だと知ったのは二つ名を付けられた後だからな」


 せっかく幽氷の悪鬼が俺の二つ名である事を意識から切り離すことに成功していたのに、セレーナの指摘で台無しだ。


「それにしても……今考えるとなんだか違和感があるね」

「違和感?」

「だって幽氷の悪鬼は何百年も姿を現してなくて、対策も幽炎を食い止める事に注力してるよね? お茶会で氷の魔法と死霊を操ってたデミトリを見て、なんでナタリア様は幽氷の悪鬼って例えたんだろう?」

「それは……」

「おとぎ話のせいだと思うよ?」


 ヴァネッサを挟んで寝台の奥に座っているセレーナが、両手の指で目を吊り上げながらこちらを見た。


「『ちちおやのいいつけをまもらなかったエヴァンはこおりづけにされてしまい、幽氷の悪鬼にしたがうしりょうとしてみらいえいごうヒエロ山で過ごしたとさ』」

「……その目は?」

「あれ? 村の子達に読み聞かせた時は大好評だったんだけどな。今のは幽氷の悪鬼が出て来るおとぎ話の結末で、さっき私がやってたみたいな怖い顔をした鬼と死霊にされた子供が泣いてる絵で本が終わるんだけど」

「セレーナちゃん、さっきの顔は怖いと言うよりかわいいに分類されると思うよ?」

「え!?」


 いつの間にか二人は大分仲良くなったな……トワイライトダスクの面々と言い、ヴァネッサは本当に人と関わるのが上手だ。


「村の子達はすごい怖がってたけどなぁ……」


 なんとなくだが、頑張って読み聞かせてくれているセレーナを傷付けまいと気を遣われていたのではないかと邪推してしまうが……。


「と、とにかく! 幽氷の悪鬼の伝承はセヴィラ辺境伯領では根強いからその印象に引っ張られたんじゃないかな? 近年では幽炎しか確認されてないけど、私も幽氷の悪鬼は死霊を従えて人里を襲う存在だって認識してたよ」


 それだけ強烈な印象を残し、語り継がれてきた存在か……。


「ピ?」

「他にも気になる事があるの?」

「そうだな。姿を現していない理由が不可解だ……おとぎ話の題材になる程昔は猛威を振るっていたのなら、なぜ今は姿を隠しているんだ?」

「確かに……」


 今回は例年よりも幽炎の規模も大きいという事実も気掛かりだ。


「何事も無いと良いが……」

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戦犯のラスト試練、質が悪そうやなぁ…
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