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第371話 仲間を信じて

 ヴァネッサの提案にテーブルを囲んだ全員がぽかんとする。


「……ヴァネッサ、帰国するのはまだ時期尚早――」

「面白いね! ヴァネッサ嬢の案」


 ヴァネッサを諫めようとしたニルの発言を遮ったのは意外にもエリック殿下だった。


「彼女の言う通り、僕達は帰国の時期を遅らせる事に固執し過ぎてるのかもしれない」

「殿下……!」

「分かってるよ。デミトリの意見も聞かないといけないね」

「俺の……色々と話をややこしくしてしまってすまない」


 そもそもガナディアの使節団が俺に接触する可能性さえなければ帰国の時期をずらす必要なんてない。この場に居る全員に迷惑を掛けていると思うと気が重い。


「まず大前提だけど、デミトリは何も気にすることは無いからね? 大変な時期に問題を持ち込んで来たガナディア王国が悪いんだから」

「そう言って貰えると助かるが……実際俺が今ヴィーダ王国に帰国したら問題が生じないか? アムールに訪れたのも元はと言えば国外に居ればガナディアの使節団が接触を試みても断れるからだったはずだ」


 ヴィーダを後にして以降アルフォンソ殿下とは連絡が取れていないが、エリック殿下がこの件に付いて警戒を解いていないと言う事は……杞憂ではなく実際にガナディアの使節団が俺との面会を求めた可能性が高い。


「その事なんだけどね……ヴァネッサ嬢の提案を聞くまで僕も失念してたんだけど、よくよく考えてみればセヴィラ辺境伯領もルーシェ公爵領も今ヴィーダ王国の一部だから、セヴィラ辺境伯領に到着した時点で僕達はもうヴィーダ王国への帰国は果たしてるんだ」


 まだ国境が変わって日が浅く、以前の国境と領土を基準に考えてしまっていたが確かにエリック殿下の言う通りだ。少し考えれば分かるような事を見落としていた事実に頭が痛くなる。


「……現時点で『国外に居るから召還には応じられない』という理屈が通らない状況という事か」

「国内とは言え、王都から最も遠いヴィーダ王国の最端には変わりないんだけど……そう言う事になっちゃうね」


 困ったな……アムール王国に引き返そうにも同盟を解消した直後だ。情勢を鑑みるとそれも現実的ではない。


 いつまでもエリック殿下がアムールに留まっていたら余計な憶測と詮索を招きかねない。アムール王国からヴィーダ王国への領土の譲渡がこんな所で影響を及ぼすと思っていなかったのか、エリック殿下も心底困り果てている様子だ。


「当初の予定では使節団が帰国するまでセヴィラ辺境伯領に滞在する予定だったんだけど……」

「あの、デミトリがヴィーダ王国に居るかいないかだけでそんなに変わる物なんですか……? 国の最端にいる人を、使節団の都合で王都に呼び寄せるのは外国から呼ぶのと変わらない位非常識だと思うんですけど」


 視認できない地図上の国境が変わっても俺達が居る場所は当然ながら変わらない。ヴァネッサが抱いた当たり前の疑問に対して、エリック殿下だけでなく貴族の付き合いに詳しいレイナ嬢達まで苦い表情をする。


「ヴァネッサ嬢の言ってる事には僕も全面的に同意するけど……貴族付き合いはそういう理不尽の上に成り立ってるんだ。国外から召還するのは躊躇しても、国内に居るなら『臣下であれば如何なるときでも王都に馳せ参じて当然』でしょ? って言わんばかりに付け上がる隙を与えちゃうんだ」

「そう言う意味では……俺がここに居る時点である意味詰んでいるのであれば、ヴィラロボス辺境伯領に向かっても良いのかもしれない。その方が色々と都合が良いんだろう?」


 幽氷の悪鬼の被害がどの程度の規模になるのか分からないが、城塞都市セヴィラに留まりアムール王国寄りの領地で立ち往生するはめになるのは、エリック殿下にとって望ましくないのは想像に難しくない。


 逆にヴィラロボス辺境伯領なら、被害が甚大だった場合ヴィーダ王国の王都に更に近づいてしまうが近領に逃げ込む事が出来る。


「ルーシェ公爵領に滞在するのが望ましく無い上に、セヴィラ侯爵領に万が一の事があった時避難する先が無いのを考慮すると……セヴィラ辺境伯領で待機するのもヴィラロボス辺境伯領で待機するのも大差無いなら、さっさとヴィラロボス辺境伯領まで行ってしまった方が色々と融通が利きくね」

「唯一の懸念は俺が王都に召還される可能性か……」

「問題はそこだね。使節団が帰国するのは約一カ月半後だ。僕達が帰国した報せが王都に届くのが遅くて一週間後だとして……一カ月もあれば彼らが帰国する前に王都にはたどり着けるし、余程の理由がないと召還を断るのは少し手古摺るかもしれない」


 エリック殿下が腕を組みながら唸っているがこれ以上悩んでも仕方が無いな。


「スレイプニルのそりで安全にヴィラロボス辺境伯領に辿り着けることが大前提だが、城塞都市ボルデに向かった方が良いと思う」

「本当に良いの?」

「ああ。レイナ嬢にはルーシェ公爵領に向かって貰い俺達がヴィラロボス辺境伯領に向かえば、途中アルセ殿を城塞都市セヴィラでご家族の元に送り届けられる上ナタリア様もご実家に連れて行ける。二人共幽氷の悪鬼の件で気が気じゃないだろうし、どの道俺の召還を確実に防ぐ術がないなら最善の選択だと思う」

「「ですが!」」


 綺麗に反応が重なったアルセとナタリアだが、二人共あの幽炎を見てから様子がおかしい。俺の事を思って遠慮してくれているのは有り難いが、俺一人のせいで実家が心配な二人に無理をさせるのは間違っている。


「それに、俺が無理やり王都に召還されそうになったら手古摺りはするが何とかなるんだろう? だったら何も心配する必要は無い」

「ふふ、そこまで言われたら僕も兄さんも頑張らないとね!」

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