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第370話 雪上の会議

 そりが急停車した翌朝。


 そりを囲むように降り積もった雪は夜の間に部分的に氷結し、雲の隙間から薄く差し込む朝日に照らされているが一向に解ける気配が無い。


 複数の王家の影が除雪作業に取り掛かり白い息を吐きながら作業する様子を伺っていると、除雪作業の完了していたそりの裏口からエリック殿下達が現れた。


 城塞都市セヴィラを望む雪に覆われた丘の上で、異例の会議が始まろうとしている。


「青空の下で会議なんてなんだか新鮮だね!」


 夜間ほどではないが突き刺すような寒さに耐えながら、場を和ませようとエリック殿下が明るく振舞っているが空気は重い。


 そりの中には集まって会議ができるような広い部屋がないため、王家の影が用意してくれた仮設のテーブルを囲んでいるが、全員の視線はある一点に集中している。


「議題は、言うまでも無くあちらの件ですね……」


 レイナ嬢の見つめた先で、日が昇った今でも異様な存在感を放つ青白い炎に包まれたヒエロ山がみえる。心なしか、山頂の炎が減って逆に山の中腹よりも下に蒼炎が広がっているようだが……。


 特に深刻な表情を浮かべているアルセとナタリアの様子から、残念ながら目の錯覚ではなさそうだ。


「早速だけど、この中で一番幽氷の悪鬼に詳しいアルセとナタリア嬢の意見を聞きたいな。僕としては、予定通り城塞都市セヴィラに向かいたいって考えてるんだけど」

「それでは、まずは私から発言させて頂きます」


 アルセが席の上で姿勢を正し、ゆっくりと話し出す。


「前回幽氷の悪鬼が降り立ったのは十一年前……私も幼いながら幽炎に包まれたヒエロ山と幽氷の悪鬼が及ぼした被害を目撃しました。今回の規模は記憶以上に思えます」

「私も同感です」


 アルセの横に座っているナタリアが堪らず被せ気味に補足する。二人共一切余裕が無い……それほどまでに状況は深刻なのか。


「ヴィーダ王国とアムール王国が同盟国になった暁から現在まで、代々ヴィラロボス辺境伯家とセヴィラ辺境伯家が共同で幽氷の悪鬼対策を講じているのですが……前回の襲来時、幽炎を食い止めるために決して少なくない犠牲を払う結果になりました。今回は更に規模が大きい事を考慮すると……」

「正直に申しますと、城塞都市に滞在する事は決して安全だとは言えない状況ですわ。移動が厳しい冬季にも関わらず、避難しようと城壁に集まっている方々の数がそれを物語っています」


 俺達が城塞都市セヴィラを発った時に潜った北門の周囲に、遠すぎてはっきりとは見えないが人だかりと馬車が見える。慌ただしく動く人影から察するに、落ち着いて避難行動を取っているとは到底思えない。


「二人共ありがとう。僕は知識として幽氷の悪鬼の事は把握してたけど実際に対峙したことのある人の意見は貴重だから参考になるよ」


 エリック殿下は相変わらず務めて前向きな姿勢を崩さないようにしているが、眉間に寄った皺が内心彼が悩んでいるのを物語っている。


 ヴィーダ王国へはどの道すぐには帰国せず、しばらくセヴィラ辺境伯領に滞在する予定だったはずだが……セヴィラ辺境伯領ではなくルーシェ公爵領で待機するのが望ましくない理由でもあるのだろうか?


「僕が悩んでる理由を説明するね」


 疑問を顔に出してしまっていたのか……苦笑した後、エリック殿下が説明を始めた。


「新しくヴィーダ王国に加わる事になったルーシェ公爵家とセヴィラ辺境伯家だけど、僕が今ルーシェ公爵家でお世話になると色々と面倒なんだ」

「まさか――」

「アムール王国第一王子の廃嫡、婚約が解消されたレイナ嬢、当主夫妻が不在の公爵邸で過ごす僕、なんとなく良くない噂が広がりそうなのは分かるでしょ?」

「……公爵邸で過ごさなければ良くないだろうか」

「そう致しますと、アムール王国を離反したルーシェ公爵家は新しい主であるヴィーダ王家を舐めていると悪評が立ちますね」


 苦笑いをしながらレイナ嬢が補足したが、そうか……ヴィーダ王国では開戦派の貴族家の解体で、例えばアルケイド公爵家の後釜を狙っている貴族家もいるだろう。


 そんな状況で急にアムール王国から離反する形でルーシェ公爵家が現れたら……野心のある貴族家が、ある事ない事を言いふらしてでも引きずり降ろそうとするかもしれない。


「ヴィーダ王国内の勢力図は今まさに書き換えられてる。僕が帰国するだけでも少なくない波紋が生じるから、兄さんの即位の邪魔をしない様に人一倍行動に気を付けないといけないんだ」


 ――貴族の世界は本当に面倒だな……。


「とは言え城塞都市セヴィラに滞在するのが危険となると困っちゃうね。取り敢えず、ルーシェ公爵との約束を果たすためにレイナ嬢をルーシェ公爵領に送り届けるためにそりを一台向かわせるのは確定してるけど……」

「えっと、幽氷の悪鬼が山を下りきるまでの猶予がどれ位あるのかは分かりますか……?」


 ヴァネッサの質問にアルセとナタリアが顔を見合わせる。


「過去の記録では、山の中腹に幽炎が差し掛かってから城塞都市セヴィラに到達するまでおよそ一週間だったと記憶している」

「私の記憶が確かであれば、城塞都市ボルデに幽炎が到達するのも同じく一週間前後だったはずですわ」

「今回は規模も広がる速度も過去の例と比べて早い事を考慮すると、三日後にはいずれの城塞都市にも到達すると考えた方が良いだろう」

「そうですわね」


 幽氷の悪鬼について詳しい二人が互いに頷き合っているので、この予想は大きく外れ無さそうだが……。


「何か案があるのか?」

「ただの思い付きなんだけど……スレイプニルの速さなら、城塞都市に幽氷の悪鬼が到達する前にヴィーダ王国に逃げ込めないかな?」

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