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第369話 魔法の真理

「ナタリア嬢には悪い事をしてしまったな。もう少し配慮した言い方が出来れば良かったんだが」

「……リディア氏に見られていたら『無神経な男は女房に逃げられるよぉ』とでも言われていたかもしれないな」

「おい!! やめてくれ! 冗談でもあのへんくつ婆さんみたいな事を言うんじゃない!」


 ニルの慌てふためきように思わず笑いが零れる。


「俺はそんな事思っていないから安心してくれ、少しは気が紛れたか?」

「まったく……ありがとう、心臓には悪かったが大分気は紛れたよ」


 ニルは本当にリディア氏が苦手だな。性格が油と水の様だったが、それだけが理由ではなさそうだ。


「それで、移動中もずっと気になっていたんだが……あれはなんだ?」


 ようやく就寝中でも解除しないことに成功した水牢をニルが指さす。


「武闘技大会で死に掛けただろう? 熟練の魔術士相手だと俺の魔法は通用しないと痛感したから、色々と試している。あれは寝ていても魔法を発動し続けられるのかの実験だ」

「それこそあの婆――リディア氏の領分だが……」

「まだ行方が分からないのか?」

「あの方は気まぐれだからな……気が向いたら帰って来るだろう。魔法の腕を上げたいのであれば、すぐに調整するのは厳しいと思うがヴィーダに帰国次第宮廷魔術士の伝手を紹介しよう」


 宮廷魔術士に魔法の指南を受けられるのは願ってもない申し出だが――。


「開戦派の後処理だけでなく、ガナディアの使節団の件もあってヴィーダ王国は大変だろう?」

「まあな」

「ただでさえ忙しいのに俺の修練の為に人員を割いて貰うのは流石に申し訳ない……そもそも俺は魔法に関しては素人同然だ、宮廷魔術士にわざわざ教えを乞う程の技量に至ってない」

「……本気で言ってるのか?」


 信じられないといった風に俺の方を見たニルに向けて、俺も同じく彼が何を言っているのか分からないという表情をしているに違いない。


「ニルは俺が急に魔法を使えるようになった事を知っているだろう? 見様見真似である程度使いこなしてはいるが、知識も技量もまだまだ足りない」

「……なるほど」


 なぜだか納得いかない様子のニルが考え込んでしまったが、恐らく遠慮する俺を説得する方法を考えているのだろう。ヴィーダ王国が大変な時期に迷惑を掛けたくないので、沈黙してしまったニルに説明を続ける。


「武闘技大会で戦ったレイモンドの様な熟練の魔術士相手に俺の魔法は通用しなかった」

「……あれで通用しなかったと評するのか、勝っただろう?」

「搦め手を使ってな。魔法の実力では手も足も出なかった……だからこそ基礎から学びたい。複数の魔法の同時発動や魔法の威力と速度の上げ方は初歩的な知識だろう? わざわざ宮廷魔術士に手解きしてもらうのは気が引ける」

「……そうか、そうか……」

「ヴィーダに帰国した後、俺が王家の影としてどんな仕事が割り振られるのか分からないが、仕事の合間を縫って修練を積むつもりだ。指南役は、冒険者ギルドに依頼を出そうと思うからニル達の手は煩わせない」

「んー……分かった! なんとかしよう!」


 俺の話を聞きながら唸っていたニルが突然大きな声を出したので身構えてしまった。


「なんとかしてもらわなくても済む形で進めるつもりなんだが……」

「まぁ気にするな、こちらの話だ。そろそろそりに戻って休んでくれ」


――――――――


「寝てる間も魔法を維持……!?」

「分かっているリーゼ、色々と突っ込みたい事はあると思うが今は胸の内に仕舞っておいてくれ」


 そりにデミトリが戻った後、傍に控えていたリーゼ達がこちらに詰め寄って来た。


「ニルさん、デミトリさんは本当に自分が魔法の扱いに長けていないと思っているのでしょうか……?」

「カミール、お前の魔法の腕は皆認めてる!」


 ルークが落ち込むカミールの肩に手を置いて励ましているが、数年間死に物狂いで修行してやっと二つの魔法を同時に発動させる事に成功したカミールからしてみれば、デミトリの先程の発言は面白くなかっただろう。


「各々思う所があるのは分かる。今は理解し難いと思うが、ヴィーダに帰国したらちゃんと納得できる説明をすると約束する」


 デミトリ達が転生者だと薄々気づいていても、明言されてない今は彼の考えが異様に感じてしまうのは当然だろう。


「以前説明した内容の補足になるが、デミトリはヴィーダに亡命するまでは魔法も使えず碌な教育も受けさせてもらえない環境で育った。我々とは根本的に考え方が違うと改めて認識してくれ」

「聞くのと実際に見るのとだと印象が全然違うから。普段はしっかりしててそんな素振りがないのに、たまに突拍子もない事を言うから余計にびっくりするよね」


 ルークはこういう時的確に補足してくれるから助かるな。彼の発言を聞いてカミールを含め、ほとんどの人間が納得した様子だが……リーゼはまだ煮え切らない表情を浮かべている。


「お前達も任務で彼を見ていて分かっていると思うが、デミトリは意味も無く他人を貶める様な事をしない人間だ。先程の魔法に関する発言も、彼の言っていた通り魔法について誰にも教わった事が無いからこそ出て来るものだ。あまり重く受け止めないであげてくれると助かる」

「分かりました!」

「……無知から来る発言なら、なんでニルさんは指摘しなかったんですか?」


 元気よく返事したカミールとは対照的に、リーゼの声は固い。クレアの異能対策について話し合った後、無理を押して夜中まで特訓していたのにも関わらず、デミトリの言っていた魔法を会得出来なかった事もあり思う所がある様だ。


 ――あの時、冗談のつもりだったが練習しろと焚きつけた私の責任だな……。


「『できないと思った魔法は会得出来ない』」

「……リディア様の教えですか」

「彼女とは意見が対立する事が多いが……あの言葉は魔法の真理だと私は思う。現に魔法の指南を受けてないデミトリは自分の発想に任せて、我々では思いもしない魔法の使い方をしているだろう?」

「はぁ……分かりました」


 リーゼはリディアの事を慕っている。説明に納得がいったのか声の険が取れ、普段の落ち着きを取り戻してくれた。

 

「妙な口出しをして彼の魔術士としての道を歪めてしまうのは避けたい。彼の発想を尊重しながら魔法の腕を伸ばせる、良い師を紹介したかったんだが……冒険者ギルドに依頼するつもりなら手回しをする必要があるな」

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