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第368話 燃える雪山

「なんだあれは……!?」


 真夜中に急停止したそりに揺り起こされ、急いで外に出るとニルを含む王家の影の人間が一同に遠方で燃える山を警戒していた。


「デミトリ……! 起こしてしまったか」

「あれだけそりが揺れたんだ、全員起きたんじゃないのか?」

「殿下達だけでなく君達の睡眠も妨げぬよう、徐々に速度を緩めたはずだが――まぁいい、今はそれどころではない」

「あれは……ヒエロ山か?」

「ああ……」


 ヴィラロボス辺境伯領とセヴィラ辺境伯領の丁度中間に位置するヒエロ山が、青白い炎に包まれ燃え上がっている。


 手前に見えている城塞都市セヴィラとほぼ同じ大きさの青白い光の塊……山頂は疎か、山の中腹まで火の手が伸びていると考えて良いだろう。


「今回の規模は過去最大かもしれないな……」

「今回の……?」

「あれは――」

()()()()()……!!」


 声がした方向に振り向くと、ナタリアが憎悪に満ちた瞳でヒエロ山をじっと見つめていた。


「あの炎が……?」

「燃えているように見えるがあれは炎じゃない。幽氷の悪鬼が放っている何かだ」

「……その何かと言うのは――」

「分かりません。雪を媒介に炎の様に広がり、捕えた獲物を魂まで凍てつかせると言われていますわ……」

「幽氷の悪鬼は未だに謎が多い。正直に言うと、ヴィーダ王家もあの青白い炎に触れた者が屍人化してしまう事位しか分からない状態だ」


 屍人……幽氷の悪鬼と言う大層な名前を付けられた位だ。あの青白い炎の様な何かの性質と言い、幽霊系の魔物か呪霊の類かもしれないな。


「おおよそ十数年周期でヒエロ山近辺を荒らしては姿をくらませるのを延々と繰り返している。最後に目撃情報があったのは数百年前で、それ以来幽氷の悪鬼を見て生きて帰れた者はいない」


 ニルの説明にナタリアが俯く。アムール王国に向かう途中慰霊碑で祈りを捧げていたが……兄を失ったのは丁度ひとつ前の周期という事か。


「魂を食らう鬼、氷邪の幻影……幽氷の悪鬼という呼び名も含めて断片的な情報しか残っていない。最後に姿が確認された記録も書いた人間が錯乱状態だったのか、解読が不可能な程文章が荒れていた」


 そんな化け物が十数年に一度現れるのにも関わらず、ヒエロ山から程近い位置にヴィーダ王国もアムール王国も辺境伯領と城塞都市を築いているという事は――。


「対策はあるんだな」

「一応な……民の混乱を避けるため、伝承を元に魔物の様に伝聞されるように情報を規制しているが……ヴィーダ王家はあれを一種の災害と認識して対策を立てている」

「あれは災害なんかじゃありません……!」


 震える声でそう訴えるナタリアの姿が痛々しい。


「村や町、必ず人のいる場所に向かって行って破壊と死だけを残す……あれは明確な意思を持っています」

「ナタリア嬢の言いたい事も分かるが……」


 ヴィーダ王家がそれ程危険な怪物を野放しにしているとは考えにくい。恐らく過去に討伐と情報収集を試みて、失敗した上で次善策として何らかの対策を立てているに違いない。


 俺の立場だと詳細を聞くのは憚れるのと、恐らく皆まで言わずとも理解してくれると信じて話してくれているニルに敢えて質問してしまうのは野暮だと思うが……ナタリアの気持ちも理解できる。


 ニルの言っている事を頭では理解できていても、代々襲われてきたヴィラロボス辺境伯領出身で、大切な人を幽氷の悪鬼の手で失っている彼女からしてみれば納得はし辛いだろう。


 話題を変えた方が良さそうだとは思いつつ、何も思い浮かばないな……。


「……これからどうするんだ?」

「城塞都市セヴィラに向かう予定だったが……エリック殿下と協議する必要があるな。ナタリア嬢とアルセ殿、代々幽氷の悪鬼から自領を守って来た貴族家の人間からも意見を貰いたい。最悪の場合、セヴィラ辺境伯領ではなく事態が落ち着くまでルーシェ公爵領に向かうのも視野に入れるべきかもしれない」


 対策が存在しても、それほどまでに脅威になる存在なのか……。


「お父様、お母様、皆……」


 祈る様に手を折り重ねたナタリアの肩に王家の影の人間が毛布を掛けた。俺自身焦って着の身着のままで外に出てきたが、ナタリアも薄い生地のガウン一枚ではこの寒さに耐えられないだろう。


「今すぐどうこう出来ないのであれば、朝までそりに戻って待機した方が良さそうだな」

「そうだな。皆、持ち場に戻ってくれ! 幽氷の悪鬼が現れると魔物が活発化すると言われている、停車したまま朝を迎える。警戒度を上げた上で野営時の防衛陣形を組んでくれ」

「「「「了解です!」」」」

「ナタリア様、俺達もそりに戻ろう」

「……はい」


 声を掛けなければそのままヒエロ山を凝視し続けそうだったナタリアが、重い足取りでそりに向かって行った。

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