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第367話 強くなる理由

「ピ! 」

「元気が有り余ってるな」


 そりの個室の中で飛び回るシエルが潜れるように、無数の水の輪を宙に浮かべ動かしながらシエルの急成長に感心する。


 王都を発ってから三週間。旅を始めた頃はまだ飛べていなかったのに、今では狭い個室の中を縦横無尽に飛び回っている。


「飛べる様になってもまだ体は小さいし、あまり無理はしないようにな」

「ピヨ!」


 あの小さな体のどこにあれだけの体力があるのかは謎だが……健康でいてくれるのであれば文句はない。


 ファビアンから説明された通常の魔鳥よりも成長速度が遅いように感じたシエルだ。俺と一緒に居ることで成長が阻害されているのではとかなり心配していたので、元気に飛べていると言う事実だけで大分安心している。


「部屋の中で飛ぶのは窮屈だろう? 昨日最後の宿場町を出て、次の目的地はいよいよ城塞都市セヴィラだ。ヴィーダ王国に帰国するまでしばらく滞在する予定だから着いたら思う存分飛べるぞ」

「ピー!」


 嬉しそうに鳴いたシエルが俺の肩に着地して頭を首元に擦り付けてくる。


 王都を出るまでの数週間、色々と立て込んでいたせいであまりシエルに構ってあげられなかった。ずっと大人しくしていてくれたため気づかなかったが、魔鳥とは言えど生まれたばかりの雛だと言うことを軽視しすぎていた。


 王都を発ってから一時も俺のそばを離れようとしないのを見ると、相当無理をさせていたのだろう。


『シエル、今夜は私の部屋で一緒に――』

『ピ!!!!』


 あまりにもシエルが俺にべったりだったので、ヴァネッサがそう申し出た時拒絶されてかなり落ち込んでいた……シエルが安心できるようになればまた俺の元を離れても問題ないと思うが、しばらくはこのままの状態が続きそうだ。


「城塞都市セヴィラに到着したら、シエルの飛行練習と並行して魔法の修練を積まないといけないな」

「ピ?」

「この狭い部屋であれだけ自由に飛べるなら、シエルの場合は練習というよりも外で飛ぶことに慣れるのが主目的になる。俺の修練の方が困難を極めそうだ」

「ピ!」

「元気付けてくれるのか? ありがとう……やれるだけはやるつもりだ」


 シエルの頭を撫でながら考えに耽る。


 武闘技大会では自分よりも格上の魔法の使い手に苦戦して追い詰められた。そのまま連戦で挑んだ次の試合では、人数不利だったとは言え余裕が無く敵を容赦なく殺す結果になった。


 敵対した時点で情け容赦を捨てろ、相手はお前を殺す気だった、油断して死に大切な者を傷付けられても良いのか?


 胸の内に秘めた呪力に呼応して湧き出る思考を否定するつもりはない。


 ただその思考に飲み込まれるつもりも勿論ない。


 前世よりも命が軽いこの世界では命取りになりかねない、青い考えなのは否定しないが……俺は無差別に敵を殺す外道に堕ちたいとは思わない。


 すでに自分の都合で人を殺してしまってる時点で色々と矛盾してしまっているが、その業は背負っていくしかないだろう。


「……この考えを貫きたいなら、甘さが原因で足元を掬われない位強くなるしかないな」

「ピ?」

「大丈夫だ。シエル達を、仲間を守るために必要なら……一切容赦をするつもりはない」


 あまりにも自分に都合が良すぎる線引きなのは自覚している。たが俺は別に高尚な人間ではない。


「ピー……」

「心配しなくても大丈夫だ。あれだけ飛んで疲れただろう? そろそろ寝よう」


 ぐずるシエルを寝床に移しながらここまでの旅を振り返る。


 王都では色々とありすぎて敢えて考えない様にしていたが、何もすることがないそりの旅は無駄に思考を捗らせた。


 うじうじと悩み何度も思考が良くない方向に流れ嵌ってしまいそうになるのを都度修正していたため、思いの外精神的に疲弊する旅になってしまった。


 考えが矛盾していても良い。たとえ自分よがりで傲慢な考えであっても、俺は完璧な人間ではないから仕方がない。迷走する思考を断ち切るために、強引に割り切る方便を自分に言い聞かせているが……それでもこれで良いのかと自問自答を繰り返してしまうのはもうどうしようもないだろう。


 煮え切らない、考えすぎる性格なのは自分自身が一番良く理解している。であれば、無駄な思考が出来ない位愚直に取り組める目標を立てて、そちらに専念するしかない。


 その一心でシエルと過ごしながらそりでの移動時間をほぼ全て魔法の練習につぎ込んで来た。レイモンドとの戦闘で犯した失態は、もう二度と繰り返すつもりはない。


「すぴー……」


 あれだけ元気だったのに寝床に移した途端眠ってしまったシエルを起こさない様に気を付けながら、部屋に浮かべていた水魔法を包み込むように濃霧を発動させる。二つの魔法が問題なく発動している事を確認した上で個室の窓に視線を移し、修行のためにそりと並走させている水牢をちらりと見た。


 スレイプニルに引かれているそりはそれなりの速度で雪上を移動しているため、宙に浮きながら追従する水牢も決して鈍足と言う訳ではないが……レイモンドの放っていた風魔法の速度には遠く及ばない。


 出来れは移動中に魔法の速度向上の修練を積みたかったが、そりの真横でかなりの質量を持った水牢の制御を失う訳にはいかず、代わりに魔法の同時発動の練習を重点的に行っている。


「水牢の速度を向上させる修行は城塞都市に着くまでお預けだな……」


 宙に浮いた水牢をそりから遠ざけて、万が一制御を失って地面に落ちても問題ない距離に置く。


「今日は成功すると良いが……」


 速度向上の修練を積めない代わりに、毎晩挑戦しているのは睡眠中の魔法維持だ。旅を始めてから一度も成功していないが、駄目で元々の精神で今日も発動した魔法を維持しながら瞳を閉じて寝台に横になる。


 出来たら儲けもの程度に考えれば良いのに、制限された修行内容と失敗の連続が焦りを生み中々寝付けない。


「ぴー……」


 寝息を立てているシエルの存在を意識すると更に余裕がなくなる。


 アムール王国での難は去ったが、ヴィーダ王国に帰ればガナディア王国関連の面倒事に巻き込まれる可能性が高い。仲間を守るために、早く力を付けなければ……。

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