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関話 アムール王位の継承者

「クレアが消えた??」

「脱走した形跡は一切なかったのですが、食事の配給を行なっていた看守が気づいた時には独房はすでにもぬけの殻でした」

「兄上――クリスチャンは?」


 いい加減呼び方を直さないと……僕がしっかりしないと示しがつかない。


「変わらず貴族牢に」

「……予定通りクリスチャンに面会に行く、準備をお願い」

「ですが、クリスチャンの手引きでクレアが脱走したのであれば御身に危険が――」

「そうだね、ただでさえアムール王国は今混乱を極めてる。しっかりと守ってくれるのを期待してるよ」

「……はっ!」


 ジャーヴェイス隊長が心配するのも理解できるけど、今は多少の危険を冒してでも早くこの混乱を治めるのが最優先だ。クリスチャンに沙汰を下すのを遅らせるのは避けたい。


――――――――


「久しぶりだね、クリスチャン」

「ニコル……!!」


 面会室に連れられ椅子に拘束されたクリスチャンは、まるで檻に入った野獣の様な目でこちらを睨みながら身じろぎし始めた。そこには王子だった頃の面影はなく、壊れてしまった……兄だった何かと空間を共有していることに心が沈む。


「俺を貴族牢に入れるなんてどういうつもりだ!? 次期王に何をしてるのか分かってるのか!?」

「……そんな事あり得ないって分かるよね? もうやめ――」

「ふざけるな!! 拘束を解いて俺をちゃんと治療しろ!!」


 幽氷の悪鬼殿がクリスチャンを制圧した時に負わせた傷は、母上の指示で敢えて質の悪いポーションと最低限の治療で止血だけ済ませた。今更高位の治療術士に回復魔法を掛けてもらったとしても、高級ポーションを飲んでも……元通りに再生する見込みなんてない。


「無理なのは、あなたも分かって――」

「学園が特別扱いしてた癒しの、セレーナを呼べば済む話だろ!」


 完全に狂ってると思ったけど、こういう抜け目なさは昔のクリスチャンの面影を感じるな……自分で拉致監禁した相手が、治療なんてしてくれない事実に気づけない事に目を瞑ればの話だけど。


「セレーナはもういないよ」

「王族に不敬を働いた一味をみすみすと逃したのか!? すぐに捕まえ――」

「クリスチャンはもう王族じゃない……!」


 隙があれば喚くクリスチャンの言葉を遮りながら、声を張ってそう宣言すると狂ったように笑い出した。


「クック、フハハ!! 第一王子で正当な王位継承者である、この俺が!? 王族じゃない!?」


 元々次期王は自分だと信じて疑わない傲慢な性格だったけど、ここまで酷くは――。


「今は父上と母上を上手く騙せてるみたいだが、出来損ないの弟の分際で本当に王になれると思ってるのか? すぐに俺の方が相応しいと気づく」


 クリスチャンの言葉を聞いて、自分でも気付いてなかった捨てきれてなかった肉親の情が消え去り冷静になる。


 今は追い詰められて本心を曝け出してるだけで、昔のクリスチャンも中身は今と大して変わらないという事実と向き合う覚悟を決めた。


「最後に聞くけど、クレア指示を出したのはクリス――」

「あの女!!!! 俺を裏切っておいて一人で逃げただと!?」

「質問に――」

「覚えてろよ!! ここから出たら――」


 演技をできる精神状態でもなさそうだし、関係ない可能性が高いか……。


「もういい、お願い」

「はっ!!」

「何を、やめ――」


 拘束されたままジタバタともがくクリスチャンの口に、面会に立ち会っていた衛兵達が乱暴に猿轡を嵌める。


「んーー!!」

「クリスチャン、お前は明日の正午処刑される」

「んん!?!? んーんー!!!!」

「貴族牢で過ごした一週間で、少しでも反省の色が見えたら生涯幽閉される道も残されたかもしれないけど……生かしておいてもアムール王国にとって不利益しかもたらさない人間はいらない」

「んんんー!!!!」

「面会は終わりだ……さよなら、クリスチャン」


 くぐもった声で叫ぶクリスチャンの姿を振り向いて隠しながら、早足で面会室の扉に向かう。この場を離れたい一心で本来王族には許されないような速度で歩いてるけど、早くあの部屋から離れないとどうにかなりそうだ。


 セレーナみたいな再生魔法の使い手が他にもいるかもしれない、クリスチャンを治されたら……面倒なことになる。そしてこのまま幽閉しても、アムール王国の混乱を狙う勢力や国に攫われたら利用されかねない。


 国を守るためにはこうするしか無い。クリスチャンを処刑することが正しい判断だったって、自分に言い聞かせるように考えを巡らせれば巡らせるほど腹の底から吐き気が湧き上がる。


「ぅ……」

「……お加減は――」

「心配を掛けてごめんね、大丈夫だよ」


 アムール王国は……側から見たらおかしな国なのは分かってる。僕自身呆れちゃう風習や文化が、他国から評判が悪いことも。


 それでも……


「僕はこの国も、民も好きなんだ。ちゃんと守れるようにしっかりしないと……」

「微力ながら、我々もお力添え致します!!」


 考えていたことを独り言のように呟いていた事に、ジャーヴェイス隊長から返事されたことによって初めて気づく。彼の部下達も力強く首を縦に振ってる。


『一人で抱え込まず、分担できる仕事は信頼できる人間に任せた方がいい』


 助言だけでなく、志の近しい人間を紹介して貰えて本当に助かっている。幽氷の悪鬼殿には頭が上がらないな……。


「頼りにしてるよ、皆」

「「「「はっ!!」」」」

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― 新着の感想 ―
馬鹿坊の退場。┐(´д`)┌ヤレヤレ セキュリティを考えたら仕方ない>貴族牢 一般牢だったら、他国の間者が入り込み可能だもの。独房でも、通路は共通。 むしろ曲がりなりにも喚く元気が出るほど手当され…
王族じゃないけど貴族牢か
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