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第366話 スレイプニル

 王城の城門近くに待機していた馬車に乗り込み、夜の闇に紛れながらそのまま王都を出て三十分程の場所で、俺達の到着を待っていたそり部隊との合流を果たした。


「あれがそり……?」

「想像していた物と大分違うな……」


 馬車を降りて真っ先に目に入ったのは三台の馬車に似た乗り物と、それらに繋がれた六体の魔獣だった。


 一般的な馬車よりも数倍大きな屋形は縦に長く、馬車よりも前世の列車の車両に近い構造をしている。屋形の重さで大部分が雪に埋もれているためその全貌は確認できないが、そりの前方で雪から突き出るように伸びている板金で補強された板が、本来車輪があるべき場所に取り付けられているようだ。


「待たせちゃってごめんね?」

「色々と大変だったと聞きました。ご無事で何よりです」


 出迎えてくれたニルと殿下が会話する横でそりに繋がれた魔獣を盗み見る。六本の脚を見た時はクァールを思い出し身構えたが、荒々しく伸びたたてがみに隠された頭部は猫科の動物とは似ても似つかない面長な形をしている。


「……スレイプニル、か?」

「よくご存じですね! 気性が非常に荒くて認めた人間以外が近づくと暴れるので、そりに乗る時は後方の扉からお入り下さい」

「ピー……」


 近くに立っていたカミールからそう説明を受けると、今まで上着の中で寝ていたシエルが久しぶりに鳴き声をあげた。顔を上着の中から覗かせ、スレイプニルを見て身震いをすると再び顔を隠した。


 シエルが怖がるのも無理はない……あの巨大なそりを牽引できるだけあり、スレイプニルの体高は三メートル近くある。


「ブルル」


 スレイプニルの一頭がまるで俺達の到着で騒がしくなったことが気に食わないと言わんばかりに、不機嫌そうに短く息を吐いてから前足で地面を踏み始めた。明らかに全力を出していないのにもかかわらず、こちらまで地面を伝って振動が伝わってきた。


「どうどう! 落ち着いてね~」


 スレイプニルに走り寄った王家の影の一人が、気の抜けた声で呼びかけながら宥めているが……本当に大丈夫なのか?


「……近づかなければ害はないのでご安心ください!」

「肝に銘じておく」


 六本足のスレイプニルか。


 確か前世の神話では八本足だったはずだが……あまり深く考えても意味はないな。各そりに二体ずつ繋がれている時点で、前世の神話で語られた生き物とは別物なのは明らかだ。


 そんな事よりもグリフォンと言い、ヴィーダ王国ではテイムとは異なる系統の魔獣調教方法が確立されていることが気になる。いずれも調教が一筋縄ではいかなそうな魔獣だ……移動手段に限定して運用しているとは思えない。


 魔獣の調教技術だけではなくガナディア王国では聞いたことが無い異能の力、そして当然のように普及している魔道具……温風や温水の魔道具だけでなく、遮音の魔道具が存在している時点で軍事利用を想定した兵器型の魔道具も恐らく存在するだろう。


 仮に戦争になったら、未だに南方諸国との小競り合いが続いているガナディア王国が圧倒的に不利だと思うが……グラードフ辺境伯家の人間を筆頭に、ヴィーダ王国との再戦を望んでいたグラードフ領の人間の頭がおかしいだけなのか? まさか王家も同じ考えだとは思いたくないが……。


 使節団をヴィーダ王国が開戦派騒動の後処理でごたついている時期に寄越した事実を踏まえると、ある程度の諜報活動と偵察はしているはずだ。全くヴィーダ王国の現状を把握していないとは考えにくいが……ガナディア王家が何を考えているのか読めない。


「考え事かな?」

「……少しぼーっとしていた、心配を掛けてすまない」


 エリック殿下に声を掛けられたが考えていた事は口に出さなかった。少なくとも今切り出すべき話題ではないはずだ。


「そりに乗る割り振りですが、エリック殿下とルーシェ公爵令嬢、アルセ公爵子息、そしてヴィラロボス辺境伯令嬢には中央のそりに乗って頂きます」

「……デミトリ達と別れる必要はあるのかな? 全員一緒のそりでいいと思うけど」

「そういう訳には行きません。城塞都市セヴィラに向かう途中宿場町やレマトラ男爵領を通過します。そしてこの時期に旅をしているとかなり悪目立ちします。城塞都市セヴィラに到着するまでは、人の目を気にした方が良いでしょう」


 ニルの懸念も理解できる……ルーシェ嬢やナタリアならまだ説明が付くが、どこそこの宿場町でエリック殿下がヴァネッサやセレーナと同じそりから降りてるのを目撃されたら何を言われるのか分かった物ではない。


「そこまで気にするなら男女で別れてないのも駄目じゃないかな?」

「そりの屋形の中は個室に仕切られているのでご安心ください」


 あれだけの大きさなら部屋が複数あるのも納得だが……巨大なそりを牽引できるスレイプニルの馬力も相当なものだな。


「ヴィーダ王国から来た時もそりに乗って来たのか? ヴィーダ王国ではまだ雪が降っていなかったと思うが……」


 質問すると、ニルが殿下から俺の方に振り向いて答えてくれた。


「ああ、スレイプニルの脚力があれば土の上でもそりを進められるからな。流石に雪と比べると速度は落ちるし、揺れも激しいが」


 物凄い脚力だな……蹴りを食らったらひとたまりもないだろう。シエルも怖がっていたことだし、カミールの忠告を守ってスレイプニルには極力近づかないでおこう。

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― 新着の感想 ―
クァールはホビットとかと一緒の扱いですので書籍化する時はお気をつけたください。
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