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第352話 いざ舞踏会へ

「前から思ってたけどやっぱりおかしいよね?」

「……どうしてもヴィーダの王城と比べてしまうな」

「ピ?」


 舞踏会の当日、レイナ嬢を迎えにルーシェ公爵邸に向かう馬車の窓から見える王城を眺めながらヴァネッサが首を傾げている。


 彼女が違和感を覚えるのも無理はない。ヴィーダの王城が前世で言えば歴史書に乗っている様な佇まいだとしたら、アムールの王城はどことなく前世の遊園地にあった『物語の中の城』のような作りをしている。


 誰がいつどう使うのか謎な程高く建てられた塔の頂上付近に見える窓にも、一応明かりが灯っているのが見える。利便性を度外視した設計はともかく、一応城としての機能を全うできているとは思うが……。


「到着しました」

「ありがとう」


 御者台から馬車を操縦していた王家の影の人間に声を掛けられ、ヴァネッサと共に馬車を降りる。到着したのは王城ではなく、ルーシェ公爵家の別邸だ。


 邸宅の門前に、使用人達に囲まれたレイナ嬢が見える。


 王都ジュールは連日降り積もった雪のせいで今日も白一色に染まっているが、そんな中ひときわ目立つ翡翠色のドレスを身に纏ったレイナ嬢が門前で使用人らしき人物達と抱き合っている。


 その様子を、ルーシェ公爵と恐らくルーシェ公爵夫人が眺めているが、恐らく今晩レイナ嬢が王都を発つ予定である事を共有していたのだろう。


 邪魔にならないように馬車の横で待っていると、しばらくしてルーシェ公爵がレイナ嬢を引き連れて馬車の傍まで寄って来た。


「ルーシェ公爵、今宵レイナ嬢をエスコートする許しを頂き感謝致します」

「デミトリ殿、レイナの事を頼んだ……!」

「お任せ下さい」


 安心させるようにしっかりとルーシェ公爵と目を合わせて力強く頷いてから、横に立っていたルーシェ公爵夫人にも同じく対応した。心なしか、二人の肩の力が抜けたように見えるが……二人の愛娘を預かる以上しっかりと守らなければいけない。


「レイナ嬢、まるで雪原に舞い降りた春の訪れの様なドレスですね? 大変似合っています」

「あ、ありがとうございます……?」


 先日の会議ではエリック殿下の発案で粗い口調も許されたがルーシェ公爵もレイナ嬢も高位貴族だ。やり取りを門前に集まった使用人達に見られてもいる。


 波風を立てないように外行きの口調で対応したが、レイナ嬢の反応が芳しくない……。


 エリック殿下と相談し、事前にドレスの色毎にそれらしい台詞を教えてもらいそのまま伝えたのだが何か間違っていたのだろうか? 公爵令嬢の彼女には付け焼刃の対応なのが見透かされたのかもしれない。


「さあ、お手をどうぞ」

「よろしくお願いします」


 気を取り直してレイナ嬢の手を取り馬車の中へとエスコートした。ヴァネッサは王城で護衛として俺達に帯同するため、レイナ嬢と入れ替わる形で御者台の方へと移動していく。


 俺もレイナ嬢の後を追い馬車に乗り込むと、程なくして王城に向けて馬車が出発した。予定通りに全てが進んでいれば、アルセとナタリアとセレーナをセヴィラ辺境伯邸から回収したエリック殿下達の馬車とほぼ同時に王城に到着するはずだが――。


「ほっ、本日は改めてよろしくお願い致します、デミトリ様」

「こちらこそ、よろしくお願い致しますレイナ嬢」

「あの、無理をしていませんか? 楽な口調に戻して頂いても大丈夫ですよ?」

「……やはりどこかおかしかっただろうか?」


 舞踏会で誰かと話す予定はないが、万が一声を掛けられた時の為に今の内に外行きの口調に慣れておきたかったのだが……。


「どこも問題ありませんけど……そう言えば初めてお会いした時も今みたいにしっかりとした口調でしたけど、そちらの方が自然体なんですか?」

「違うな……今の内に共有しておくが、俺は貴族学園だけでなく平民が通うような学び舎にも通った事が無い。見様見真似で喋っているから話せば話すほどぼろが出る可能性が高い。舞踏会でおかしなことを口走ったら、申し訳ないが訂正して貰えると助かる」

「……分かりました? 多分問題ないと思いますけど」


 話す内に少しずつ緊張が解けて来たのか、レイナ嬢が今日会ってから初めて微笑んだ。


「逆に、指摘するのが遅れてしまい申し訳ないが俺の事は様付けで呼ぶ必要はない」

「ですけど――」

「俺はただの平民だ。貴族令嬢……それも公爵令嬢に様付で呼ばれているのを誰かに聞かれたらと思うと気が気じゃない」

「ふふ」


 優雅に口元を手で隠しながらレイナ嬢が笑う。


「武闘技大会ではあんな大立ち回りをされていたのに、そう言った所を気になされるんですね」

「観戦していたのか」

「ヴィーダ王家との交渉や離反に付随する処理でそれ所じゃないと進言したんですけど、お父様が……『見定めたい』と言って聞かなくて」


 見定めたい、か……。


「……クレアに勝ってくれてありがとうございます」

「もう礼は――」

「あの時は、優勝した事と私をクリスチャン殿下の呪縛から解放してくれた事に対するお礼でした。クレアには個人的に色々と学園で……借りがあったので」


 俺に感謝の気持ちを抱きつつ、クレアとの間にあった軋轢を思い出してしまったのか、複雑な表情をしたレイナ嬢が馬車の窓から外を眺め始めた。


 彼女がクレアに何をされたのか、前世に存在した物語の知識で何となく察せてしまう。


「後少しの辛抱だ。舞踏会さえ乗り越えてしまえばクレアとも、クリスチャンともお別れだ」

「……そうですよね! 色々と複雑な状況で不謹慎かもしれませんけど……ちょっとだけ舞踏会が楽しみです」

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王家への断罪が始まる
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