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第348話 色々と悩んで来た男の見解

「難しいな。気の持ちようの一言で片付けるのは一見正しく見えて間違っていると思う」

「……どういうこと?」

「例えばの話だが、凍え死にそうな相手に『暖を取れば凍死しない』と言った所で何も解決しないだろう? それが出来ていればとっくにやっているだろうし、言ってる事は一理あるかもしれないが何も解決しない空っぽな言葉だ」

「……私はずっと『誰よりも恵まれてるのに文句を言うな、お前よりも不幸な人間は幾らでも居る』って言われて――」


 なるほど、前世はそんな呪いの様な言葉を掛けられながら過ごしていたのか。


「そんな戯言は気にするだけ無駄だ」

「戯言……」

「大体なぜ他人と比べる必要がある? 卑屈なのは百も承知で言うが、自分が不幸だと思った時点で人は世界一不幸になれる」

「……!? 世界一になんてなれないよ……」

「いいやなれるな!」

「そこまで力強く言い切るような事じゃないと思うけど、私もそう思うよ」


 苦笑気味にヴァネッサが俺の発言を肯定するのを見て、セレーナが困惑する。


「本当に『気の持ちよう』次第ならそうじゃないとおかしいと思わないか? 逆に自分は『世界一幸せだ』と言っている人間が居ても、いちいち『もっと幸せな人がいるかもしれないから違う』と否定しないだろう?」

「それは、そうだけど……」

「だったら世界一不幸だと考えてる人間も否定するべきじゃないだろう。大体厳密に言えば世界一不幸じゃないとして、自分よりも不幸な人間が一人でも居たら愚痴の一つを吐くことも許されないのか? そうなると世界一不幸な人間以外誰も文句を言う事が出来なくなるぞ?」


 自信満々に言い切った俺を見てセレーナが返答に困っているのが分かる。


「……デミトリさんの言ってる事は分かったけど、気の持ちよう次第で不幸じゃなくなるのは否定してないよね?」

「その通りだ。だからこそ、それを理解しているセレーナに気の持ちようだなんて空虚な言葉を送っても意味がない。言われただけで簡単に前を向けたら誰も苦労なんてしない」

「……そっか」

「長々と話したが、誰にでも悩んだり、悲しんだり、悲観する権利がある。俺の言葉を鵜呑みにして立ち止まろうとせず、いつか前を向きたいと思っているセレーナなら大丈夫だ。存分に悩み抜いてから一緒に前を向く方法を探せばいい」

「私とデミトリも色々と悩んでるしね」

「そうだな……」


 偉そうに色々と言ったが、よくよく考えてみれば俺自身他人の事をとやかく言える立場じゃないな……。


「デミトリさんとヴァネッサさんも悩んでるんだ……」

「何かしらの悩みを持たずに生きてる人間の方が少ないだろう」

「私達の悩みは少し特殊だと思うけど……転生者同士、他の人には相談できない事も私達となら話せるから」

「……ありがとう」


 セレーナは悩んでいること自体に苦悩していたみたいなので悩んでも良いと助言することを優先して、肝心のセレーナが悩んでいる内容に一切触れず会話を終えてしまった……時間もない中、これ以上踏み込んだ話をするのは難しいだろう。


 少しだけスッキリとしたのか、セレーナの顔色が良くなったので今はそれで良しとするしかない。


「そろそろあの二人も落ち着いた頃だろう、居間に戻ろう」


――――――――


「それじゃあ、改めて冬の舞踏会の作戦会議を始めよう!」


 俺達が離席している間に何があったのか分からないが、ルーシェ公爵とレイナ嬢が肩を丸めてソファの上でちんまりとしている。


「まずは大前提として僕とレイナ嬢、アルセとセレーナはアムール王立学園の生徒だから出席が義務付けられてる」

「あり得ないのは理解しているが、一応欠席しない理由を聞いても良いか?」


 何が起こるのか分からないので出席自体しないのが一番安全ではあるが……。


「クリスチャンの廃嫡とニコル第二王子の立太子、ルーシェ公爵家とセヴィラ辺境伯家の離反の発表を見届ける必要があるから欠席するのは難しいね。両家が離反する理由がヴィーダ王国の抗議内容に関係していて、それがクリスチャンの廃嫡理由にそのまま繋がるから……アムール王家の発表内容が正確かどうかも見極めないといけない」

「理解した」

「当事者の僕、レイナ嬢、アルセだけでなく不法に捕縛されてたセレーナも居た方が万が一の時動きやすいんだけど……セレーナには無理強いできない――」

「私も参加するよ」


 色々と心の整理がついたのか、淀みなくそう言い切ったセレーナにエリック殿下が微笑む。


「ありがとう! そこで各々のパートナーなんだけど……アルセにはナタリア嬢と一緒に出席して欲しいんだ。今回の件の立役者になる彼女が居ないのは不自然だから」

「分かりました、ですが何故私がナタリア姉さんのパートナーに……?」

「他に適任が居ないんだ。僕のパートナーになったらヴィーダに居る婚約者のペラルタ侯爵令息がおもしろくないし、妙なやっかみも生まれちゃうだろうから。従妹同士の君達ならそういう心配がないから」

「なるほど、承知致しました」


 貴族の場合その日限りのパートナーと言って済ませられないのは本当に大変だな……。


「問題は僕とレイナ嬢だけど……セレーナ、僕のパートナーになってくれないかな……?」

「私……?」

「嫌じゃなかったらだけど――」

「エリック殿下ならいいよ」


 王侯貴族に苦手意識を持っている上、相手が王子ともなるともっと嫌がると思ったが案外すんなりとセレーナが受け入れてしまい驚く。練習試合をしていた際ちょくちょく話をしていたみたいだし、仲良くなれたのであればいい事だ。


「レイナ嬢のパートナーなんだけど、レイナ嬢はどうしたい?」

「えっと……私は婚約解消をしたばかりですし、下手にパートナーが居ると話がこじれる可能性がありませんか?」

「でもパートナーが居ないとちょっかいを掛けて来るお馬鹿さんが絶対出て来るだろうし、クリスチャンの手の人間が君に近づく隙も出来れば与えたくないんだ……」


 エリック殿下とレイナ嬢がかなり悩んでいるが、政に詳しくない俺にも適任な相手が思い浮かばな――いや?


「差し出がましい提案かも知れないが――」

「全然そんな事ないよ、何か案があるなら教えて?」

「ルーシェ公爵がパートナーなら問題ないのでは?」

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